正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観=完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=固定観念=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=戦う人は悪い人=軍民分割統治=団結させない個人主義の洗脳を解き、誇りある歴史を取り戻そう!

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第40代内閣総理大臣 東條英機の遺言

昭和23年12月22日夜、死刑執行(12月23日零時)数時間前
東京巣鴨で教誨師の花山信勝師の前で東條英機が朗読した遺言の摘要。

『秘録 東京裁判』清瀬一郎著(中央公論新社)より抜粋

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開戦の時のことを思い起こすと実に断腸の思いがある。
今回の処刑は個人的には慰められるところがあるけれども、
国内的の自分の責任は、死をもって償えるものではない。

しかし国際的な犯罪としては、どこまでも無罪を主張する。
力の前に屈した。
自分としては、国内的な責任を負うて、満足して刑場に行く。
ただ同僚に責任を及ぼしたこと、下級者にまで刑の及びたることは、
実に残念である。

天皇陛下および国民に対しては、深くおわびする。
元来、日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志により行動すべきものであったが、
一部あやまちを生じ、世界の誤解を受けたるは遺憾である。
日本の軍に従事し、倒れた人および遺家族に対しては、
実に相済まぬと思っている。
 
今回の判決の是非に関しては、もとより歴史の批判に待つ、
もしこれが永久の平和のためということであったら、
もう少し大きな態度で事に臨まなければならぬのではないか。
この裁判は、結局は政治裁判に終わった。
勝者の裁判たる性質を脱却せね。
 
天皇陛下の御地位および陛下の御存在は、動かすべからざるものである。
天皇陛下の形式については、あえて言わぬ。
存在そのものが必要なのである。
それにつきかれこれ言葉をさしはさむ者があるが、
これらは空気や地面のありがたさを知らねと同様のものである。

東亜の諸民族は、今回のことを忘れて将来相協力すべきものである。
東亜民族もまた他の民族と同様の権利をもつべきであって、
その有色人種たることをむしろ誇りとすべきである。

インドの判事には、尊敬の念を禁じ得ない。
これをもって東亜民族の誇りと感じた。

今回の戦争にて、
東亜民族の生存の権利が了解せられはじめたのであったら、
しあわせである。
列国も排他的な考えを廃して、共栄の心持ちをもって進むべきである。

現在の日本を事実上統治する米国人に一言するが、
どうか日本の米国に対する心持ちを離れしめざるように願いたい。
また、日本人が赤化しないように頼む。
東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにしなければならぬ。
実は、東亜の多民族の協力を得ることができなかったことが、
今回の敗戦の原因であると考えている。

こんご日本は米国の保護の下に生活していくのであるが、
極東の大勢はどうであろうか。
終戦後わずかに3年にして、アジア大陸赤化の形勢はかくのごとくである。
こんごのことを考えれば、実に憂なきを得ぬ。
もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上ないではないか。

日本は米国よりの食糧その他の援助を感謝している。
しかし、もしも一般人が自己の生活の困難や、インフレや、
食糧の不足などを米軍の日本にあるがためなりというような
感想をもつようになったならば、それは危険である。
実際にかかる宣伝をなしつつある者もあるのである。
よって、米軍は日本人の心を失わぬように注意すべきことを希望する。

米国の指導者は、大きな失敗を犯した。
日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。
いまや満州は赤化の根拠地である。
朝鮮を二分したことは東亜の禍根である。
米英はこれを救済する責任を負っている。
従って、その意味において
トルーマン大統領が再任せられたことはよかったと思う。

日本は米国の指導にもとづき武力を全面的に放棄した。
それは一応は賢明であるというべきである。
しかし、世界が全面的に武装を排除していないのに、
一方的に武装をやめることは、
泥棒がまだいるのに警察をやめるようなものである。

私は、戦争を根絶するには、欲心を取り払わねばならぬと思う。
現に世界各国はいずれも自国の存立や、自衛権の確保を説いている。
これはお互いに欲心を放棄していない証拠である。
国家から欲心を除くということは、不可能のことである。
されば世界より戦争を除くということは不可能である。

結局、自滅に陥るのであるかもわからぬが、事実はこの通りである。
それゆえ、第3次世界大戦は避けることができない。
第3次世界大戦において、
おもなる立場に立つものは米国およびソ連である。
第2次の世界大戦において、日本とドイツが取り去られてしまった。
それゆえ、米国とソ連が直接に接触することになった。
米ソ2国の思想上の相違はやむを得ぬ。

この見地からいうも、第3次世界大戦は避けることはできぬ。
第3次世界大戦においては、極東がその戦場となる。
この時にあたって、米国は武力なき日本をいかにするのであろうか。
米国はこの武力なき日本を守るの策をたてなければ、
また何をかいわんや。
そうでなしとすれば、米国に何らかの考えがなければならぬ。
米国は、日本8千万国民の生きてゆける道を考えてくれねばならない。
およそ生物としては、生きんことを欲するのは当然である。
産児制限のごときは神意に反するもので、行うべきではない。

なお言いたきことは、最近に至るまで戦犯容疑者の逮捕をなしつつある。
今や戦後3年を経ておるのではないか。
新たに戦犯を逮捕するというごときは、即時にやめるべきである。
米国としては、日本国民が正業につくことを願い、
その気持ちでやって行かなければならぬ。
戦犯の逮捕は、我々の処刑をもって、一段落として放棄すべきである。

戦死傷者、抑留者、戦災者の霊は、遺族の申し出があらば、
これを靖国神社に合祀せられたし。
出征地にある戦死者の墓には、保護を与えられたし。
従って遺族の申し出あらば、これを内地に返還せられたし。
戦犯者の家族には、保護を十分に与えられたし。

青少年の保護ということは、大事なことである。
近時いかがわしき風潮は、占領軍の影響からきているものが少なくない。
この点については、わが国古来の美風をも十分考慮にいれられたし。

今回の処刑を機として敵、味方、中立国の罹災者の一大追悼会を
発起せられたし。
もちろん、日本軍人の間に間違いを犯した者はあろう。
これらについては衷心、謝罪する。

これと同時に、無差別爆撃や原子爆弾の投下をなしたことについて、
米国側も大いに考えなければならぬ。
従って、さようなことをしたことについては、
米国側も大いに悔悟すべきである。

最後に軍事的問題について一言するが、
我が国従来の統帥権独立の思想は確かに間違っている。
あれでは陸海軍一本の行動はとれない。

兵役については、徴兵制によるか、傭兵制によるか考えなければならぬ。
我が国民性を考えて、再建の際に考慮すべし。
教育は精神教育を大いにとらなければならぬ。
忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任感をゆるがせにしてはならぬ。
この点については、大いに米国に学ぶべきである。

学校教育は、人としての完成を図る教育である。
従前の醇朴剛健のみでは足らぬ。
宗教の観念を教えなければならぬ。
欧米の風俗を知らせる必要もある。
俘虜のことについても研究して、
国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。

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my日本・佐藤卓
http://sns.mynippon.jp/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=356555

『国士・東條英機』

以前にも開戦の原因が国外にあることや東條内閣発足理由も記述したが、
「日本が悪」に則って東條政権の政治をも批判する人もいる。
そして敵国から見た評価を疑いもせず叩いて偽善者となる。

そもそも日本の正当な権利を侵し、攻撃してきたのは蒋介石。
その蒋介石に武器兵器を渡し、日本に経済制裁したのが英米。
日本は対米戦争回避に努めたが、フライングタイガース等で分かるように、
アメリカは戦争に参加したくて日本を挑発・攻撃。少しも譲歩せず、
だからと言ってその挑発に乗らないということもできない。
そのまま何もしなければ蒋介石は英米の支援物資で潤い、
日本は鉄と燃料が尽きて負けるのは確実。
普通に考えれば支援物資の遮断(援蒋ルート遮断)や
敵地(敵国所有の植民地)からの物資奪取が必須なのは誰でも至る結論。
支援物資の遮断も日本はヴィシーに許可を取っての駐留など、
手続きを踏んで行使するが、なにせ米国は戦争に参加したいので、
その国際法に違反しない行為にもいちゃモンを付けて制裁を強めた。
ここにきて近衛は米国要求丸呑み(全支撤退)しようとして
東條の猛反対で総辞職となり、国民や軍部は不満爆発
「いつまで弱腰外交続けてるんだ!とっととアメリカと戦争しろ!」
だが政府は諦めることなく、東條内閣になっても
いきなり戦争せず勅意にそって「粘り強い交渉」で平和解決に尽力する。
(東條は昭和天皇の勅意に従うため、何度も内奏したのでこれが最多とのこと。
昭和天皇も「彼程朕の意見を直ちに実行に移したものはない
(『側近日誌』木下道夫)」と高く評価している)

しかし、どう足掻いて平和的解決に尽力しても米国の態度は変わらず、
またこのままだと物資尽きて負ける、開戦が避けられない窮地にきていた。
米国の態度は硬化するばかりで話にならない。もはや限界。

■開戦と決まったら話は別だ
戦争するとなったら特に政府は勝利するために全力でなければならない。
日本は明治以降対外戦争は自分より軍事力が上な国
(蒋介石は下だが英米の支援があるので)としか戦ってないのだが、
特に全力で戦っても勝てるか分からない戦いで、
全力発揮の足手纏いをする内部分子を
放っておいては全力発揮義務を怠っている。
統制を厳しくして、全ちからを戦争に勝つために
徴収運用して何も悪くないし、むしろそうしなければならない。
繰り返すが全力出しても勝てるか分からないのに赤紙でいきなり可哀相だ、
鍋が取られて生活に困る、
じゃあそれやらなくて勝利に全力だったと言えるのかよ。
そんなものは「日本が悪・国民は脅迫されて」
という戦後作られた概念の上にしか立たない話。

■戦意高揚は義務
兵の戦意高揚は将の義務。
自分より強い相手と戦うのだから士気高揚が特に必要。
開戦前から政府主導のプロパガンダで戦争に持っていくのは卑怯だが、
実際に日本政府は敵から挑発された側であって回避にも尽力している。
戦争前に「それ戦争だー!」はどうかと思うが
開戦したら「それ戦争だー!」一色にしなければならないし、
それに異論を唱える邪魔者はかき消さなければならない。
「こんな戦争勝てないよ」「日本はアメリカには勝てない」
こんな全力発揮を阻害させる言論を野放しにしていては
政府は勝利尽力の義務を怠っている。
勝つ見込みが無かったとしても対敵不服従の姿勢が人間の矜持を現す。
脅しに対して戦わずに服従するなんて犬のすることだ。
人間ならまず命を掛けて矜持を死守せねば。
殺したいほど憎ませなくてはならない。
「鬼畜英米」「敵性語禁止」なんてのは士気高揚に尽力してる何よりの証拠。

東條はこれらに尽力している。
これを独裁だとか、東條幕府だとか批判する輩がいるが、
何度も言うが全力で戦って勝てるか分からない戦争の戦時下にあって
これぐらい統率しなくて勝利に尽力したとか言えるのかよ。
何を批判してんだい。
その上戦争のための人員采配は国家総動員法で認められてる、
というよりそのための法律。

■特攻
東條とは直接無関係な話かもしれないが、
戦争末期になると武器もなくなり、戦えなくなる。
しかし前述した通りそう簡単に屈してはならない。
特別攻撃は勝利するための攻撃ではないが
対敵不服従の姿勢を強烈に提示する攻撃。
体当たりをしてでもそう簡単に屈しないぞ。
こういったこともやらずに
人間の矜持や民族の誇りの死守に最善を尽くしたとは言えない。

■戦後も国士
終戦詔勅にあるように、
「正義のために戦ってきたが好転せず、このままだと民族消滅等に至る」
として戦争が終わる。
終戦以前に東條内閣は倒れているが、
無論敵国は開戦原因を自分でなく日本にするので、
開戦時の首相東條をも当然「悪行主導者」に仕立て上げられる。
何度も言っちゃうけど東京裁判は事後法。
最初から結果が決まってるふざけた人殺し遊び。
しかしそんな中でも東條は堂々と敵の矛盾を突き、
キーナンの顔を真っ赤にさせる。
そしてこの不当な裁きから捨て身で帝を守った。

戦争に至る原因についてとやかく言っているが、当然のことながら
当時の日本政府は開戦にあたってその理由を国民に説明している。
特に東條首相の施政方針演説と対米英宣戦布告演説、
昭和天皇の開戦の詔勅を読めば
戦争の原因が戦後GHQが作った歴史と違うことがわかる。
東條に対する敵国の評価を狂信して真実を見ようともしないことで
その間違った歴史を死守する敵国の犬となる。
悪の手下に成り下がっては駄目だ。
2009/12/20 09:00|年表リンク用資料
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