正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観=完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=固定観念=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=戦う人は悪い人=軍民分割統治=団結させない個人主義の洗脳を解き、誇りある歴史を取り戻そう!

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1/6 暗黒大陸

『暗黒大陸中国の真実』 1933年
アメリカの元上海・福州副領事 ラルフ・タウンゼント著

しかし最近の中国関連本の中には、明らかな事実誤認というか
事実を歪曲したものも見受けられる。
また、これらの本に共通した誤りと言うべきことがある。
これらの本の中には、
なぜか大きな意味を持つことがほとんど書かれていないのである。

中国の真実がなかなか伝わらない理由は単純明快である。
説明するとこうである。
中国に外国人が住んでいる。
その中で中国の国情を把握している人を区分けすると3つに分けられる。
ところが、いずれの人もいざ真実を述べるとなるとかなりの制約がある。
3つの区分はこうである。

(1)宣教師
(2)民間事業家
(3)領事館員や外交官等の政府役人

最初に挙げた「宣教師」たちは真実を話したがらない。
なぜか。もし事実が知られると、
今まで続いてきた援助が打ち切られる危険があるからである。
次に挙げた「民間事業家」たちも事実を話したがらない。

なぜか。
心証を害された中国人から不買運動が起こる恐れがあるからである。
また、会社に罰則が課される恐れがあるからである。
最後に挙げた「政府役人」は在任中は外交辞令的なことしか言えない。
厳重に口止めされているからである。
したがって、現場にいて状況を最も的確に把握しているはずの人間が、
事実上「猿轡」をはめられ真実を述べられないのである。

こういう箝口令とでも言うべきものが布かれた結果、
アメリカの国内では、中国の真実とはかけ離れた思い違いやら
誤解が生まれてきたのである。

また、もし現役の役人がアメリカに帰国し、
中国の話をしてくれと頼まれたような場合は、
話の概要を政府に提出しなければならないことになっている。
もし自分が関わった問題の全容を話そうものならクビが待っている。
したがって、きちんと説明することなどできないから、明るく振舞い、
中国の明るく見えそうな面をことさら取り上げるしかないのである。

こういう欺瞞に満ちた、真相を一部しか明かさない話は
百害あって一利なしであるが、
こうした話が全国的に広まっているのである。
聞く方にすれば、現場を知っている話し手を信用しているから、
まさか嘘とは思わない。
民間事業家も然り。真実を話そうにも話せないのである。
同様な理由で、
新聞に「反中国的人物」と叩かれるのを恐れているのである。
(P6~7)

例えば、誰でもいいが外国のジャーナリストが来ると、
すかさず中国政府の高官と会見の場を設けられる。
こういう待遇を受けて舞い上がらない人はいない。

そこですっかり手玉に取られ、高官の言うとおりに、
盗賊は根絶やしにしただの、共産主義は鎮圧しただの、
公立学校制度が新しく導入されただの、
あと少しで中国の統一が成し遂げられるなどと手帳に書き込むのであるが、
前から中国にいる人なら、こんな話は「法螺話」としか見ていない。

真顔でこういう法螺を吹いて相手を納得させてしまうのが
典型的な中国人役人である。
大都会に多いので注意されたい。

(中略)

正しい中国情報が伝わらない理由をいくつか述べたが、
これだけではまだまだ危ないと思っている連中が山ほどいる。
作家、新聞社、出版社である。
こういう連中は寄って鷹って「与太記事」をでっち上げ、
いい加減な本を出し、さも「建設的」であるかのような顔をしている。
(P9)

当然新聞等には最悪の情報等は出せない。
中国人読者の気分を害しないよう最大限の注意を払って
記事を書いているからである。記事を出すか出さないかを決める責任者は、
地元住民との「和」を最重視する。友人や知人がいるからである。
だから、たとえ公然の秘密だとしても、
不快感を与える記事は出さないのである。

買収事件はどう報じられるか紹介しよう。
ある将軍が敵に買収された。
その将軍は窮地にある味方を見殺しにして、トラック隊を指揮し、
自分が獲得した略奪物資や阿片を持ち逃げした。

さて翌日の新聞は
「某地区防衛の某将軍の命により兵は20里後退。
将軍は再攻撃のため南京の首脳部と協議中」となる。
取材して真実を知っている記者は事実をかけないから
「腐りきった○○め。他よりはましだと思っていたのに」と怒り狂う。
(P30)

■チップを多く渡してはいけない

車夫は見るからに哀れな姿をしている(もちろん演技が上手だからである)。
そこでつい、チップを弾むことになる。
すると逆に、「騙された」と大声を上げられる。

また「この客は上海語がわからないな」と思うと、
周りで見ている苦人仲間のウケを狙って怒鳴り散らす。
「余分に払うとは金勘定もできない間抜けだ」と思って
怒鳴ったり泣きついたりして、さらにふんだくる。
情け無用の世界である。

ある日の夕方、山歩きからの帰り、田んぼで道に迷ってしまった。
道は仕切り石でできているのだが四方八方に伸び、
しかも稲が大きくなっていたので道がわからなくなったのである。

仕方なく、近くで遊んでいた農家の子供に道を聞いた。
この子はしばらく一緒に歩いて教えてくれた。
お礼に1ドル銀貨をやった。
子供が1週間働いても貰えない金額である。

この子はさっとポケットにしまってからこう言ってのけた。
「当地の道案内の基本料金は2ドルとなっています」。

これにはさすがの私も呆れて、「お兄ちゃん、それは言 いすぎだろう」
とたしなめたが、聞く耳を持たない。

例の手を使って「2ドルくれよぉ」と大声を上げ、
身悶えし、泣きついて、3キロもくっついて離れないのだ。

■買い物ではお釣りを誤魔化される

初めて買い物をする時はお釣りを誤魔化される。

「お釣りが足りないよ」と抗議すると
「本日、交換率が変りましたので」と切り返される。

「そんなことはないでしょ。隣の両替屋へ行って確かめてくるよ」と言うと
「ちょっと待って下さい」と言って、少しよこす。

「まだ足りないよ」と問い詰めると、
「端数まできっちり計算するとこうなりますか」
と言ってちゃんとしたお釣りを渡す。

「小銭が全くなくって困りますね」等と嫌味を言う。
「小銭じゃなくていいからちゃんとお釣りを出せ」ときつく迫ると
「もともとそのつもりでいました」というような 顔をして金庫を開ける。
中には小銭がぎっしりある。

こうした時でも礼儀正しく笑顔は絶やさない。
ただし目だけは合わさない。
「またのご来店をお待ちいたします」と言って出口まで見送ってくれる。

イライラしてはいけない。
そういう国なのだ。

すでに合わせ目の一部が変色している生地を手にしながら、
「この生地は絶対色落ちしません」と言ったり、
1925年創業の会社の商標がついている壷を
「正真正銘、明(1369~1644)の壷です」と平気で言ってのける。

どだい言葉には何の意味もないのである。
(P33~35)

義和団事件

閑話休題。雨に煙る田園を後にして北京に到着。
北京は埃と砂嵐の町、乾燥した平地と禿山の町、夏暑く冬寒い町である。
黄海までは160キロ足らず。港は天津郊外の大沽である。

1900年の夏、事件が起きた。
「義和団」という狂信的秘密結社が宣教師を殺害したことに触発され、
中央政府の守旧派が義和団に加勢して外国人排斥を企てたのである。
包囲された北京の公使館員の救出に、連合軍が大沽から北京へ進撃した。
救出軍が到着する前にドイツ使節を含む多くの外国人が惨殺された。

ところが救出軍を目にしたとたん、
中国側は政府軍も義和団も守備を固めるどころか、算を乱して敗走した。
事変後、平時における外国人殺害という、
国際儀礼違反に対して賠償を課された。

その7年後、アメリカは賠償金2千5百万ドルを
アメリカ国内に学ぶ中国人学生の教育に活かした。
ところで、西太后はじめ中国側は、
連合軍が当然の措置として首都北京を永久に支配するものと
覚悟していたが、思いもよらず赦免され、復権を許されたから驚いた。
アメリカをはじめとする連合軍は「略奪蛮行」と非難された。
中国人は「非常に寛大な措置」に大喜びした。
進言を受けて屠殺を命じた当の西太后は「お構いなし」で済まされた。

講和文は条約文書としては実に奇妙なものである。
まず友好だの親善だの美辞麗句を長々と連ねた前文があり、
続いて崇高な条文が来る。
西太后以外の虐殺実行者には
「清王朝の恵み深き特赦により自決を許」された。
その他、外国人に「清朝の寛大さを示す」ための条文が作られた。

この事件の数年前(“後”の誤植だろうと思われる)までは
一応友好的で宣戦布告することがなかったので、外国要人を襲い、
武力紛争を起したことは忘れられ、
中国人は「平和愛好者」との評価を取り戻した。
メッキは剥がれるものである。

1927年、同じような事件が南京で発生した。
国民党の正式指令の下、小規模ではあるが、
あの「北京の包囲と屠殺」が南京で起こったのである。
この事件で殺害された者の中には英国領事館員も一人含まれていた。
南京は北京上海間にあるから運良く当時英米の砲艦が近くにて、
襲撃者を打ち払い、包囲されていた人を救出した。

ここ50年、中国で外国人の虐殺が起きるたびに
「今ここにこのような蛮行は終わりを告げた。
今後、中国人は平和を愛する責任ある近代国民になるのである。
よって、以後、中国人に悪意を抱くことは不親切であり且つ不当である」
と宣言する立派なアメリカ人が何人もである。

が、こういう立派な連中は墓穴を掘っているようなものである。
無知なアメリカ人は
「このような残虐行為は無教養なものやごろつき連中が
繰り返している仕業だろう」と思っているが、そうではない。
1900年の義和団事件と同じく、
れっきとした政府高官によって何度も繰り返されていることなのである。

第31代大統領ハーバート・フーバーは
義和団事件の生き残りだそうである。事件当時天津にいたそうだ。

閑話休題。義和団の蜂起は「義和団の乱」と言われているが、
私に言わせればネーミングミスである。
というのは通常、「乱」は「現政府に対する反乱」という意味で使われる。
ところが義和団事件ではあろうことか、
当の中国政府自身が義和団の初期の勢いに乗り、同盟を組んだのであるから。

政府に後押しされた群集が、防禦が整っていない外国人居住地を襲い
女子供までもさつがいしたとしても特段驚くことではない。
確かに1927年の事件以来、大きなことは起きていないが、
上海とて安全とは言えない。

というのは、外国人は一箇所にまとまっているわけではなく、
国際租界やフランス租界に散らばっていて、
その周りには中国人が数十万もいるからである。
ということは、一旦事が起こったら直ちに一塊になれる体制でないと
(南京ではそれができたので助かったが)、
砲火から守ることはできないということだ。

それにしても、なぜ中国人は外国人を虐殺したがるのであろうか。
それは、外国人が裕福であるからである。
また中国の指導層も同じで、略奪権を与えるのである。
もちろん、中国軍が自国民つまり中国人を襲うことは
日常茶飯事であるばかりか、殺そうと何しようとまったく平気である。

外国人を狙うことはそう頻繁にあるわけではないが、
やっても捕まらないと判断した時、やるのである。
中国人に寛大な人が増えているから、ますます増長しているのである。
(P43~45)

長年、中国で活躍し、去年(1932年)カリフォルニアで
亡くなったアーサー・スミスの本によれば、
長く住めば住むほど分かってくることがあるそうである。
「他人を信用する中国人はいない。なぜなら、自分が相手の立場に
立ったら自分を信用できないと思っているからである」。

(中略)

中国人の残虐性に話を戻す。いくつか例を挙げよう。
例えば家族や仲間の連れがなく一人で舟に乗って落ちたら
まず誰も助けてくれない。
元来中国人は軽率だから船から落ちるということは稀なことではない。
数メートル離れた所で人が溺れても、ただ見ているだけである。
よくあることである。

あるアメリカ人領事が目撃した話である。
任地の揚子江上流でのことで、西洋人には信じられないことだが、
中国人にはたいした事件ではないそうである。
豚と中国人を満載したサンパンが岸近くで波に呑まれ転覆し、
豚も人も川に投げ出された。

岸で見ていた者は直ちに現場に漕ぎ出し、我先に豚を引き上げた。
舟に泳ぎ着いた人間は、頭をかち割って殺し、天の恵み、
とばかり新鮮な豚肉を手にして、意気揚揚と引き揚げ、
後は何事もなかったかのようにいつもの暮らしが続いたという。

ある晩のこと、夕食会に招かれた。
来賓の中には中国の「精鋭軍」のお偉方も列席されていた。
日本に留学した者も二、三人いた。
つい最近まで日本が知識階級の教育の場であったのである。
私の中国語は覚束ないので英語で説明してくれる者もいた。

その話によれば、最近のある戦闘で捕まえた敵方の将校の一団を
どう殺そうかと議論になった。
そして、ばらばらの釘を飲ませてやろうということになった。
飲ませてから、効果観察のため整列させた。
約2時間後に死亡したそうである。

次は、今年(1933年)
中国を去る前に避難してきた宣教師たちから聞いた話だが、
残酷すぎて我々には聞くに堪えない話である。
南部の内陸地で人里離れた山岳地方の村から宣教師が数人戻ってきた。
60人ほどの村が盗賊に襲われた。
例の如く村の長老連中が呼び出され、
金目のものをすっかり寄越せと言われた。
「出し渋った」と見るや、
この盗賊のお頭は聞いたこともない奇策に出た。
手下に「野郎ども、かまわねえからこいつらの足をたたっ切れ。
女子供も遠慮するんじゃねえ」。命令はそのまま執行された。

この盗賊は同じ手であちこちの村を襲った。
危険が高まったので宣教師たちは避難して来たそうである。
だから「足なし一家の話」はその後は聞けなかった。
人里離れた山中で何人が生き延びたか。
力尽き、隣村に襲われて「餌食」となったか。
それとも義足を付けて飛び跳ねているのか、知りたかったのだが。

女にも容赦はしない。私の友人がいた村でのこと。
ある時、その村の軍隊に荷物運びが緊急に必要となった。
兵隊は自分では荷物運びはしない。
銃剣で脅して荷物運びができそうな者を探し回る。
適当な男がいなかったので、女を捕まえ棍棒でたたいて軍に組み入れた。
これが民に対する「友軍」の実態である。
もちろん「敵軍」の手にかかったら、
ごく稀に寛大な処置をされることもあるが、これだけでは済まされない。

生まれ故郷から数百キロはなれたところまで荷物運びをさせられ、
一文も手当てを貰えず捨てられる苦力(女も含めて)の運命は
実に過酷である。
アメリカのようにヒッチハイクで帰ることもままならない。
文無しはどこでも冷たくされ、
田舎では物乞いをしようと近づいただけで、石を投げられ、
犬に吠えられ追い出される。
食い物の切れ端も落ちていない。
食べられるものを捨てる人などいるわけがない。

浮浪者に施しなど誰もしない。可哀相な話を誰も聞かない。
ましてや、びた一文恵んでくれる者なぞいるわけがない。
洪水や飢饉を逃れた者が見知らぬ土地へ入ると、追い出され、
殺された話を一度ならず聞かされる。
自暴自棄になった貧乏人は何をしでかすかわからない。
芽のうちにつんでおこうというわけである。
(P64~66)

その中に実態を表す話がある。
ある日、通りを通る車から聞きなれない声がしたので、
何事かと行ってみると車数台に生身の人間が積まれていた。
近寄ってよく見ると手の甲を釘で突き刺され、
車に打ち付けられているではないか。
警備の役人に訳を尋ねたところ、
「ある村で盗みがあり、全員捕まえたらその中に犯人がいるだろうと
思って、連行して来た」そうである。
それを聞いてユク神父は、
「いくらなんでも全員の手を釘付けするのは酷かろう」と抗議をした。
警備隊長が答えて曰く
「たまたま捕り方が手錠を忘れたのです。こういう時はこれが一番ですよ」。

そこで、「無罪の者を引き渡してくれないか」と頼んだ。
隊長曰く、「承知いたしました。潔白が証明され次第釈放します」。
恐ろしいことに、この件で驚いているのは外国人のユク神父だけで、
周りで見ていた中国人は誰も驚いていない。
静謐な天子の国と言われる国で、手の甲を釘で打ち抜いても、
誰もそれを不自然だと思わなかったのである。

人の性格は、その人の善悪の判断基準でわかるものだが、
このユク神父の話は忘れてはならない。

ユク神父によれば、賭け事もまた異常である。
万里の長城に程近い、冬の寒さの厳しい、とある町の賭博場でのこと。
運悪く、負けが込むと、金目のものを次から次へと賭け、
最後には着てるものだけになる。
それでもツキが回ってこないと、それこそ身ぐるみ剥がされ、
雪の中にたたき出される。

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【新唐人日本2011年10月19日付ニュース】
中国広東省佛山市でショッキングな事件が発生しました。
2歳の女の子がひき逃げされました。
その後、後続の車にまたひかれます。
その間十数人がひかれた女の子のそばを通りますが、
誰1人助けませんでした。結局、58歳の廃品拾いの女性が助けを呼びました。
13日午後5時25分、佛山市の2歳の女の子が
家から100メートル離れた路上で白いワゴン車に轢かれます。
運転手は一旦車を止めたものの、すぐその場から逃亡。
倒れている女の子のそばを次々通行人が通りますが、誰一人助けません。
その後、一台の軽トラックが倒れている女の子を再びひきます。
前後6分あまりの間、そばを通った通行人は十数人。
血溜まりの中に倒れている女の子を避けて通ります。
結局、58歳の廃品拾いの陳さんが助けを呼び、母親が駆けつけました。
女の子は病院に搬送されましたが、
17日の時点で、まだ危険な状態から抜け出していないそうです。
(以下略、女の子は後日死亡)
―――――――
【衝撃映像】ひき逃げに遭った2歳児 通行人は無視
http://www.youtube.com/watch?v=cJs_DyplYKE

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中国:事故で車横転 スイカ持ち去るも救助要請は無視

毎日jp 2012年04月10日 10時41分
http://mainichi.jp/select/news/20120410k0000e030148000c.html
http://mainichi.jp/select/news/20120410k0000e030148000c2.html

中国・雲南省大宝の高速道路で4日、
大量のスイカを積んだトラックが横転事故を起こし、
車内に男性1人が取り残されていたのに、
集まった人々は散乱したスイカを持ち去るだけで助けようとせず、
男性は死亡した。雲南テレビなどが伝えた。

広東省仏山市では昨年10月、
2歳の女児がひき逃げされたのに18人が見て見ぬふりをし、
女児が死亡する事件が起き、
冷漠社会(他人に無関心な社会)として問題になった。

インターネット上では
「『見死不救』(死にそうな人を助けない)がまた起きてしまった」などと、
道徳心の喪失を嘆く声が広がっている。

事故は4日午後4時20分ごろに発生。
約35トンのスイカを積んで昆明に向かっていたトラックが、
ブレーキが利かなくなり、コントロールを失って横転した。

運転手は助け出されたが、後部座席に乗っていた男性が取り残された。
運転手は集まった見物人らに「助けてください」と男性の救助を求めたが、
ほとんどの人々がスイカを持ち去る一方、救助要請を無視したという。

スイカを持ち去ろうとした男は、現場でとがめた雲南テレビの記者に
「どうして駄目なのか。このスイカはいいスイカだし」
と悪びれた様子もなく言い、
「あなたの良心はどこに行ったのか」との問いには
「そんなことは考えたことがない」と言い放った。

事故では、通報を受けて救急車が現場近くに来たが、
事故による渋滞で近づけず、男性は死亡が確認された。

中国版ツイッター「微博」では、
「(こんな時に)強盗をしないと損だという人間のくずのような考えは、
いつになったら中国からなくなるのか」、
「中国人の素養は千差万別だと思うが、文明の程度が低い人が大多数だ。
私たちが当然だと思っていた道徳基準は、
彼らの心の中にはまったく現れなかったのだ」
といった書き込みが相次いでいる。

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トラックが横転しミカン散乱、強奪する住民止めた運転手が殴られる―中国

Record china 2016/11/11
http://bit.ly/2fwNvZA
http://bit.ly/2g8jfb7

中国ではトラックが道路で横転すると、
散らばった積荷を周辺住民が強奪するトラブルがたびたび発生している。
11月6日には江西省宜春市でミカンを積んだトラックが横転し積荷が散乱。
勝手に持ち去る住民につかみかかる運転手が暴行を受ける騒動に発展した。
運転手によると、運転中にトラックの後部がふらつき
ハンドルが取られガードレールに衝突した。
トラックはそのまま横転し、積荷のミカンが散乱した。
知らせを聞きつけた周辺住民は「ミカンの回収を手伝う」と拾っていたが、
そのうち勝手に持ち去り始めた。
中にはカゴごと持ち去ろうとする者もあらわれ、
制止しても耳を貸さないことに憤慨した運転手がこぶしを振り上げると、
別の住民も加わり運転手に暴行を加えた。
トラックには1万元(約15万円)余りのミカンが積まれていたが、
残ったのはわずかだったという。
住民らの強奪に加え、運転手は10月末に借金して買ったばかりのトラックで
長距離移動は初めてだったと語っており、
落胆してうずくまり涙を流していた。

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転倒老人 助けない見物人と大泣きする外国人女性=上海

大紀元日本 2012年8月15日
http://news.2chblog.jp/archives/51706279.html

上海新華路淮海西路で、10日午前、
後頭部から血を流した老人が、路上で倒れていたにもかかわらず、
周りの見物人は誰一人助けようとしないため、
最初に老人を助けた外国人女性が見物人を罵倒した。

この事が起きたのは、午前8時頃で、当時周りに見物人がおり、
救急通報をした者もいたが、老人を助け起そうとする者は 1人もいなかった。
救急側も電話で、救急に出せる車がないと返事し、
通報者が緊急事態と要求したところ、
「じゃ、待ってろ」と適当にあしらったそうだ。

ちょうど通りかかった外国人女性が最初に老人を助け起し、
自分の白いスカーフを老人の頭の下に敷いた。
老人を助けようとしない周りの見物人に激怒し、罵倒した後、大泣きした。

さらにこの女性は、自分の財布からお金を出し、
周りの見物人に老人の医薬費にと渡した。
救急車が来たのは、30分も経ってからだった。
倒れていた老人は銭という名字で、今年87歳になる。
軽い脳梗塞による眩暈で倒れ、頭部にけがを負ったが、
医者から救急措置を施され、いま無事回復した。

倒れている人、怪我をしている人を見ても助けず見て見ぬふり。

同じような事が中国で頻発している。
昨年、広東省で2歳児が車に轢かれ、18人もの通行人が無視した結果、
子供が重傷で亡くなった事件もまだ記憶に新しい。

「無視」する理由の一つに、人助けをした人が、
被害者から加害者であると密告され、多額の慰謝料をゆすられる事件が
多く発生していることにあるという。
中に、多額の慰謝料を払えず、自殺した者もいた。

「心は痛むけど、本当に怖くて助けることができない。
高1の時におばあちゃんを助けたら、ゆすられて一カ月間毎日、
その家族全員が私を学校まで付き纏い、お母さんを仕事場まで付き纏った」
という恐い体験談を寄せるネットユーザーや
「助けないじゃなく、助けられない。助けたら99%ゆすられる」
「私たちも元から悪いわけではない。小学生の時から困っている人を
見たら助けると知っているけど、この汚い社会が私たちを変えた。
良い環境は悪い人を改善する、悪い環境は良い人を悪くする」
と、傍観者の心情をつづる書き込みも多く寄せられている。

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中国の老人が命の恩人からお金をブン取る理由

過酷な環境でサバイバル、自立しなければ生きていけない

JB PRESS 2011.11.15(火)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/28802

◆転んだ老人に手を貸したら逆に医療費を請求された――。

老人に手を差し伸べることがトラウマになった中国人。
その背景には、2006年11月に起きた南京市での「彭宇事件」がある。

転倒した老婆に気づいて助けた青年・彭宇さんは、
その老婆を病院に送り届けたまではよかったが、
その後、老婆から4万元(1元=当時約15円)に上る
薬代の請求を送りつけられた。

「払え」「払わない」の争いは裁判にまで発展したが、
なんと彭宇さんは敗訴してしまった。
この事件は全国的に報道され、世間を仰天させたのだが、
その後も類似事件は後を絶たない。

先日もローカルバスの運転手が路上で
倒れている老婆を助けようとしたところ、
逆に濡れ衣を着せられたという事件が、上海で報道された。

「お前が轢(ひ)いたんだ」と老婆は訴えようとしたものの、
一部始終をとらえていたバスのビデオカメラの映像によって、
運転手は冤罪を逃れることができたという。

こうした出来事から、上海では老人は
「できることなら関わり合いたくない」対象となっている。

◆廃品とごみをかき集めて食いつなぐ老人

上海の老人が執拗なほどに金にこだわるのには理由がある。
特に大きな理由になっているのが、年金の少なさと高額化する医療費だ。
月額1500元程度というスズメの涙ほどの年金では、
食べていくだけでも大変だ。
昨今は薬価が値上がりして支払いが困難だという老人も少なくない。

「医療保険を持ってるんだろうと医者に言われ、
必要のない検査をさせられた」

「市価の1.5倍もする目薬を処方された」

など、医療費を巡るトラブルも後を絶たない。

老人は道で転倒したら、手を差し伸べてくれた人間からお金をブン取る。
そうでもしないと、医療費を捻出できないのだ。

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治療費より死んでくれたほうが安上がり 中国

BLOGOS 2011年10月26日 08:02
http://blogos.com/article/20764/

18人の通行人や車、バイクに無視された悦悦(Yueyue,2歳女児)ちゃんは
10月21日未明に、脳死状態のまま亡くなった。

中国でもその道徳心の無さに議論が沸いたとあるが、急に変わるとも思えない。
中国内には長年の思想教育や拝金主義が原因で、
19人目の女性は偶然まともな教育を受けていないので、
思想教育が邪魔せず助けたのだというコメントもあったが、
目の前の危険を避け、傷ついたものを助けようとするのは教育以前の問題で、
それをしてはいけないと言う教育や思想など存在するわけがない。
動物でも本能的に行う事だ。

単純に、個々の人間が利己的で、わがままで身勝手だと言う事で、
教育以前に、社会で生きていくうえの相互扶助の精神や
エチケット(礼儀作法)に欠けていると言われても仕方ない。

今度のこの2011年10月25日報道の別な交通事故は、
大型ダンプが5歳の男の子をひき、
さらにバック、前進してひき殺したと言うもので、
殺そうとした事は運転手が否定しているが、周囲からは入院費より
死んだほうが安く上がるから殺そうとしたと言われている。

場所は中国西部四川省 瀘州市瀘州市(ろしゅう-し Luzhou)付近で、
運転手Ao Yongのダンプが、学校帰りのXiong Maoke 君を跳ね、
目撃者によれば、ダンプはバックした後前進し、
その際少年は前輪に巻き込まれ,
ダンプはさらに9m程前進したと証言している。

車から飛び降りたドライバーを目撃者が非難すると、
運転手は「いくら払えばいい?」と問い返してきた。
少年はこの事故で亡くなり、事故直後、集まった村民が激怒し、
現場で補償のことを切り出したため、少年はすぐに救出されず、
母親は少年の傍で泣き崩れている。

写真のダンプの前で椅子に座っているのが母親で、モザイクで隠してあるが、
少年の遺体はまだ前輪の下にある。
民事訴訟が困難な中国では、現実には被害者、加害者双方が対立し、
交渉で金額が決まるのがほとんどのようで、
余程の事が無ければ訴訟にはならない。

先の事件では2名の運転手が刑事罰の対象になった。
歴史はまだ5~6年と浅いですが、
中国にも車両所有時の強制保険は存在します。

しかし、ニセ物の証書も多く出回っているという事実も有るようです。
また、補償金額は被害者の地域の平均所得から計算され、
当然農村部での命の値段は相当安くなります。

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車で女児をひいた女、救急車到着後に服を脱いで
地面に横たわり救助活動阻止 女児を救急車に運ぶと引き摺り下ろす

http://logsoku.com/thread/uni.2ch.net/newsplus/1341149186/

山東省臨沂市で6月17日、
電動自転車に乗った4歳の女児と母親に乗用車が正面からぶつかり、
瀕死の重傷を負わせる事故があった。

間もなく救急車が現場に到着すると、
車を運転していた女は服を脱いで救急車の前に横たわり、通行を阻止。

さらに、女児が救急車へ運ばれると、車外へ引きずり
下ろそうとした。女はその後刑事拘留された。中国新聞網が伝えた。

事故の目撃者や近隣住民などによると、
事故当日、女は朝から落ち着かない様子で「イライラする」
などと言っていたという。

女は自分の母親を乗せて乗用車を運転し、
女児と母親の乗った電動自転車に正面から衝突。
その際、両手で自分の母親の首を絞めようとした。

救急車が到着すると、女は服を脱いで車両の前に横たわり、救助活動を阻止。
救助隊員らはやむを得ず女児を抱き上げて救急車内に運んだ。
すると女は突然起き上がって救急車のドアを開け、
女児を地面にひきずり下ろした。
事故当時、女を救急車の前からほかの場所へ
移動させようとする人はいなかった。

女は学校の教師をしており、被害を受けた母親とも顔見知りの関係だった。
普段は人づきあいも良かったと言われている。

この案件についてネット上では「精神病者を装っていたのではないか」、
「周囲の人々に、どうして女を移動させようとしなかったのか問いたい」、
「重罰を課すべき」などの声が挙がっている。

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中国では犬を飼う人は税金を払わなければならない。
この写真は、犬の税金を払っていなかった飼い主の男性が、
警察官にみつかり、飼い主の目の前で犬が警察官に撲殺されている様子。


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外国人が住む町
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2009/10/26 09:00|年表リンク用資料
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