正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観=完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=固定観念=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=戦う人は悪い人=軍民分割統治=団結させない個人主義の洗脳を解き、誇りある歴史を取り戻そう!

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第二次世界大戦後の中国年表

■1946年
・国共内戦激化

■1947年
・2.28事件。国共内戦に敗れた蒋介石の国民党は、
台湾に逃れ、抵抗する台湾民衆を大虐殺

■1949年
・中国が東トルキスタンを侵略。現在までに約40万人が虐殺か
・国共内戦が沈静化した後も共産党は国民党員とその家族を処刑。
・毛沢東は、1957年2月27日、
「1949年から1954年までの間に80万人を処刑した」と自ら述べた
(ザ・ワールド・アルマナック1975年版)。
・周恩来は、同年6月、全国人民代表大会報告で、
1949年以来「反革命」の罪で逮捕された者のうち、
16%にあたる83万人を処刑したと報告。
しかし、強制収容所で衰弱死させた知識人の数は
処刑した人数の何倍もいる。

■1950年
・中国が朝鮮戦争に参戦で国連軍を攻撃

■1951年
・中国がチベットに侵攻し、現地民数百万人を大虐殺
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6360017

■1955年、東トルキスタンを「新疆ウイグル自治区」と改称。

■1958年
・大躍進運動開始。数千万人を餓死させる。
・金門砲戦(八二三砲戦)金門島に駐留する蒋介石軍に対し
人民解放軍が砲撃

■1959年
・中国がインドと国境紛争を起こし、カシミール地方を武力占領。

■1966年~1976年
・文化大革命 10年間で殺害された人数は2,000万人
(葉剣英・全人代常務委員会委員長の証言)

■1969年
・珍宝島で中国軍がソビエト軍と衝突

■1972年
・日中国交樹立

■1978年
・米中国交樹立

■1979年
・中国がベトナムを武力侵略。中国は「懲罰戦争」と表明

■1987年9月、10月、1988年3月、ラサで続発したデモを弾圧。

■1988年3月、南沙諸島における領有権をめぐり中国人民解放軍と
ベトナム海軍が衝突(赤瓜礁海戦)し、中国人民解放軍が勝利して支配。

中国海軍の犯罪の証拠 : チュオンサ諸島における惨殺


■1988年12月、チベット自治区の書記(総督)に胡錦濤が就任。
その12月から4年間で約20万人のチベット人を大虐殺。

■1989年
・天安門事件
学生や市民の民主化運動を人民解放軍が戦車などで強行鎮圧。
死者は広場だけでも1,000人以上、北京全体では数万人か。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm12453667


http://blogs.yahoo.co.jp/impressed2008/22160723.html

http://kawasumi.iza.ne.jp/blog/entry/594475/








NHKの『クローズアップ現代』は、「新しい証言と映像を基に検証した結果、
『広場では一人も死んでいない』という侯?健の証言は極めて信憑性が高く、
虐殺というものはなかったとはっきり言える。」と放送した。

売国放送局NHK 中国天安門事件大虐殺なかったとアサヒる
「クローズアップ現代」 海外メディア・チャンネル桜との比較


■1992年
・中国が資源埋蔵に目が眩み、南沙諸島と西沙諸島の領有を宣言

■1995年
・中国がフィリピンの領有してきたミスチーフ環礁を占領

■1996年
・中国が台湾海峡でミサイル発射し台湾を恫喝
・ウィグル自治区で1964年~1996年まで核実験が46回おこなわれ、
それによって数十万人のウィグル人が死亡。
http://youmenipip.exblog.jp/12342381/

■1997年
・中国がフィリピンが歴史的に領有してきたスカーボロ環礁に領有権を主張
・中国が日本が固有の領土として主張してきた尖閣諸島の領有を主張

■2000年
・中国の軍艦が日本列島を一周。
中国が尖閣諸島付近で日本の領海内の海底油田調査を敢行

■2004年
・中国が沖ノ鳥島は岩であり日本の領海とは認めないと主張
・中国の原子力潜水艦が石垣島の日本の領海を侵犯
・四川省で土地の補償をめぐり農民ら10万人の暴動(死者1万人か)

■2005年
・中国が反分裂国家法を制定し台湾に対して武力行使を明言
・中国が東シナ海のガス田で勝手に開発を開始。
・低民度集団の暴動により、在支日本大使館が破壊
・台湾問題に介入するなら核攻撃を行うとアメリカを恫喝
・中国が沖縄の日本帰属に疑問を示し沖縄は歴史的に中国のものと主張
・広東省で武装警察が、発電所建設に抗議していた住民70人以上を射殺

■2008年3月
・チベット人を数百人虐殺
チベットのラサなどで「自由なチベット」を求める僧侶や市民の
抗議行動に対して中国当局が武力で鎮圧。
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080318c.html

恐い人たち
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=RORU0nH-8kQ



■2009年7月、ウイグル騒乱
http://www.youtube.com/watch?v=9wIQRZyNbAg
http://www.youtube.com/watch?v=HXZokhnh6hQ
http://www.youtube.com/watch?v=wmznLGD0IBw


■2010年3月、中国政府は米国に南シナ海を、『自国の主権および
領土保全と関連した「核心的利害」地域と見なしている』との立場を公式に通知。

■2010年9月7日、尖閣諸島沖の日本の領海で中国漁船が
海上保安庁の巡視船に2回も体当たりをした。

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●時事通信 2008年4月18日13時12分配信

善光寺が出発地を辞退=「チベット弾圧」理由に
ルート変更へ・長野聖火リレー

長野市で26日に開催される北京五輪の聖火リレーで、
出発式が行われる予定だった善光寺は18日、
リレーの出発地を辞退する考えを市に伝えた。
市はこれを受け、ルートを変更することを決めた。
チベット問題への抗議から、聖火リレーは世界各地で計画変更や
混乱が続いており、長野でも開催日を目前に控え、
コースが見直されることになった。

長野市役所に同日午前、善光寺幹部らが訪れ辞退を申し入れた。
理由について、記者会見した善光寺事務局の若麻績信昭寺務総長は
「チベットの宗教指導者が立ち上がり、それに対し弾圧しているので、
仏教の寺として考えた」とし、文化財や一般信者の安全上の問題に加え、
チベット問題が理由であることを明らかにした。

辞退は同日午前の特別会議で決まったといい、善光寺の総意だとした。
住職の1人は18日朝、取材に対し
「われわれはチベット人と同じ仏教徒との気持ちが強かった」と話した。
長野市は新ルートについて「週明けでは間に合わない」としており、
早急に検討し土日にも決めたい考え。
「できる限り変更のない形で考えたい」としている。


●毎日新聞 2008年4月22日9時9分配信

善光寺 聖火リレーに合わせチベット暴動犠牲者の追悼法要

長野市内で26日に予定されている北京五輪聖火リレーに合わせ、
中国チベット自治区などで起きた暴動での犠牲者を追悼する法要が
リレー当日の朝、国宝・善光寺の本堂で営まれる。
主催する市民団体が21日、記者会見で明らかにした。
在日チベット人も参加する見込み。

追悼法要は、市民団体「チベット問題を考える長野の会」(野池元基代表)
など2団体が主催し、善光寺の僧侶ら有志でつくる「平和を願う僧侶の会」
(若麻績=わかおみ=敬史代表)も協力する。

若麻績代表は「国や宗教などの差異を超えた平和な世界の実現を訴えたい。
国籍を問わず行いたい」と開催理由を説明し、
追悼法要はチベット人だけではなく、中国人らも対象にするという。

追悼法要は26日午前6時半、本堂前に集合し、同7時から本堂で、
同団体などが現地の報道などを通じて把握した犠牲者60人以上の
名前を読み上げて弔うという。

野池代表は「非暴力で、平和的に活動を行いたい」と語り、
法要後には、新たに決まった出発・点火式会場や沿道などで
「チベットに自由を」などの横断幕を掲げる方針。

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●アメリカ CNN
善光寺が発した静かな怒りは、世界の全仏教徒のみならず
宗派を超えた宗教指導者が身を切るほどの警告となった

●アメリカ NBC
ZENKOUJIは一滴の血も流さず、一個の石(投石?)も用いずに
最大級のデモンストレーションを成し遂げた

●FC2
日本の対中外交の勝利をもたらしたのは、政治家ではなく若き僧侶だった

●インド IDN
2000年の時を越えて、遠い東の国にBuddismの精神が変わらず
受け継がれていることをZenkojiはこれ以上にない方法で示した。
我々は、我々と同じ価値観を共有する日本国民と
日本の仏教界に強い尊敬と親しみの念を覚える」

●イギリス BBC
物静かで政治的な主張をしないことで知られる日本が動いた。
拡声器もプラカードも用いないその静かな抗議の声はしかし、
どんな喧騒よりも深く強く世界の人々の心に届くに違いない

●オーストラリア AE通信
聖火リレーのボイコットを表明したその日も、Zenkojiは静かだった。
その日、 Zenkojiの境内で取材を続ける私は、
全身にしみこむ鐘楼の深く低い音に思わず 立ち尽くした。
憎しみや悲しみを洗い流すこの聖なる音色が1300年にわたり
受け継がれていることは世界の奇跡である。



以下、『中国はいかにチベットを侵略したか』 マイケル・ダナム著 より引用

◆中共、約束事の大嘘
http://vaccine.sblo.jp/article/5443154.html

1956年は、中共の約束事が耳をかす値打ちもない大嘘だったことが
はっきりしたという点で、チベット人にとって忘れられない年だった。

民主的改革? 土地改革? 援助? 進歩?
それらはすべて暴力、脅迫、飢餓、死、に
いい換えてみればずっと分かり易い。
それが中共の共産主義への道だった。

チベットを乗っ取り、完全にわが物にするのが中共側の目的だったのだ。
これが毛沢東のいう「大家族の一員としてチベットを抱擁する」
という意味であった。

カム、アムド、ゴロク、どこの村でも中共の虐殺を経験しており、
抵抗の狼煙を最初に上げたのは自分たちの村だったというだろう。

誰も間違ってはいなかった。ほんの数週間のうちに
東チベットの抵抗勢力は吹き荒れる嵐となって広がったのだ。

◆人類の敵共産党の非道

中共側も負けてはいない。妻、娘、尼僧たちは繰り返し強姦されまくった。
特に尊敬されている僧たちは狙いうちされ、
尼僧と性交を強いられたりもした。

ある僧院は馬小舎にされ、
僧たちはそこに連行されてきた売春婦との性交を強いられた。
あくまでも拒否した僧のある者は腕を叩き切られ、
「仏陀に腕を返してもらえ」と嘲笑された。

大勢のチベット人は、手足を切断され、首を切り落とされ、
焼かれ、熱湯を浴びせられ、馬や車で引きずり殺されていった。

アムドでは高僧たちが散々殴打されて穴にほうり込まれ、
村人はその上に小便をかけるよう命じられた。

さらに高僧たちは「霊力で穴から飛び上がって見せろ」
と中共兵に嘲られ、揚句に全員射殺された。

怯える子供たちの目の前で両親は頭をぶち抜かれ、
大勢の少年少女が家から追われて
中共の学校や孤児院に強制収容されていった。

貴重な仏像は冒涜され、その場で叩き壊されたり、
中国本土へ持ち去られていったりした。
経典類はトイレットペーパーにされた。

僧院は馬や豚小舎にされるか、
リタン僧院のように跡形もなく破壊されるかしてしまった。

リタン省長は村人の見守る中で拷問され、射殺された。
何千人もの村民は強制労働に駆り出され、そのまま行方不明になっていった。

僧院長たちは自分の糞便をむりやり食わされ、
「仏陀はどうしたんだ?」と中共兵に嘲られた。

国際法曹委員会報告書は、
「1956年終わり頃までに、ある地域ではほとんどの男は断種され、
女性は中共兵に犯され妊娠させられていった。
ある村では25人の富裕な村人が人びとの前で生きながら焼き殺された。
また別の村では24人の親が、子供を中共の公立学校へ行かせるのを
拒んだ罪で目に釘を打ち込まれ、虐殺された」
と記している。

恐怖政治は止むことなくつづき、
漢中共はまったく新しい残酷社会をチベットじゅうに浸み渡らせていった。
この残虐行為を止める者はおらず、もし地獄がこの世に存在するとしたら、
それは正に1956年の東チベットそのものであった。

ラサ――。

ダライ・ラマの不在中、毛沢東はさらに四万人の部隊を派遣し、
軍隊は総勢20万人に膨れ上がっていた。

ダライ・ラマは帰国後直ちに、インドで入手した多くの虐殺に関する
情報に基いて抗議文書を作成し、中共軍司令官に提出した。

張司令官は、東チベット地区でそんなことがあったなどとは
聞いていないと図々しく空とぼけた。
そして、それら一連の虐殺に関連する中共兵の氏名、
事件のあった日時、場所、証言者の名前などを列挙するよう求めた。

そんなことがいちいちできるわけはなく、
結局法王の抗議はうやむやにされてしまった。

1954年の北京滞在中、毛沢東が互いに密接に連絡し合おうと
いっていたのを思い出し、
ダライ・ラマは中共軍による虐殺行為、抑圧を箇条書きにして
毛に送付したが梨の礫であった。
三度手紙を送ったが音沙汰はなかった。

カムにおける中共の暴虐を止める者はもはやいなかった。
罪人にされたチベット人の妻や娘はつるし上げの場に引きずり出された。

ゴンポ・タシは書いている。

「女性たちは公衆の面前で素っ裸にされ、
夫が罪を認めないと彼女たちはその目の前で強姦された。
長い間男やもめで過ごしていた中共兵に不服はなく、
彼らは喜々として強姦の命に従った。
また、夫たちは人々の前で妻と性交するよう強制される場合もあり、
その後たいてい処刑された。そして妻や娘は中共兵に投げ与えられた。
尼僧もこの暴力から免れることはできなかった。
裸にされた僧侶は、これも素っ裸にされた尼僧と性交するよう強制され、
中共軍はこれみよがしに、
“これがチベット仏教とその純潔さだ”と嘲笑った。

その後僧侶たちの多くは処刑され、尼僧は中共兵の餌食にされた。
年に関係なくいたる所で女性は強姦され、
それも何度も犯され、揚句殺されていった」

1957年のチベットには、
もはやボドガヤにあったような静穏は見る影もなかった。
強制労働所、死刑執行隊、拷問、家族皆殺し、ラマ僧の虐殺――
1957年までに、東チベットは中共占領下で
恣(ほしいまま)に蹂躙されていった。
カンパ、アムド、ゴロク族たちの一縷の光は
ダライ・ラマ法王の身の安全であった。

◆共産軍による民族抹殺・文化の破壊
http://vaccine.sblo.jp/article/5496276.html

1959年6月、約2万人がインドに脱出した。
それも法王と一緒に生きてゆくのだという思いの人びとばかりだった。
法王は大きな精神的支柱であった。人びとは死中に活を見出したのである。
後から後からと押し寄せる中共の“改革”という
大波に呑み込まれないで済んだからだ。

1959年以前6千あった僧院は1960年にはわずか370にまで激減した。

中共は僧院制度を破壊したばかりか、チベット文化の根幹、
チベット人全体の息の根を止めるようなやり方を推し進めた。
一切の私有地は没収され、底辺チベット民衆に分け与えられた。

といえばいかにも徹底した平等主義の実践のように聞えるが、
中共はチベットの新しい土地所有者を“改革”以前より
一層の貧困状態に捨ておいたまま、
土地からの収穫物は飢えた本土の中国人に向けて輸出したのである。
中共は貧富の差をなくしたと嘯いたが、
現実はチベットの誰もが一層の飢えに晒されたに過ぎない。

中国本土から漢民族の移民が増大し、
チベット人は自国にあって少数民族になってしまった。
タムジン(公開懲罰)で有罪とされた人々は牢獄に入れられ、
実にしばしば計画的飢餓、遺棄、病気の放置などで生命を奪われていった。

新企画の拷問、殺人が導入され、銃の台尻で頭蓋骨を打ち砕かれたり、
鉄箸で眼球を抉り出されたりした。
僧侶は毛布でぐるぐる巻きにされ、灯油をかけられて焼き殺されていった。
公開去勢や、バーベキュー用棒杭にくくりつけて焼く、
尼僧を素っ裸にしてむりやり性交させる、というのもあった。

特に中共軍兵士の間で人気があったのは、
チベット人を“文明化”“浄化”する
と称する兵士たちによる集団レイプであった。
彼らはそれを“地上の楽園”と称して楽しんだ。

“地上の楽園”のもう一つはラサ人口の
4分の1に当る1万人市民の投獄である。
その中で最も有名だった囚人の一人は、1950年中共侵略の直前、
アポによって更迭されたカム省長ハル・シャペである。
彼はそれまでずっと中共の侵略に抵抗しつづけていた。

ハルが捕らわれた時の模様をある女性は次のように語っている。
「タムジンの壇上でどれほどの人びとが殴打されたか数え切れません。
でもハルさんが道路を引き回された光景は本当に残酷でした。
彼は他の役人と違って市民にとても尊敬されていました。

だから見せしめにされたのです。
首に重い石をくくりつけられ、頭を上げられなくされました。
それからひどく殴られ、顔全体が腫れ上がり目が隠れてしまうほどでした。
散々罵られ、顔に唾をかけられ、突き飛ばされ、
倒れたところを蹴りに蹴られ、芋虫のようになって転げ回っていました。

沢山の殺人を犯したことにされていましたが、
そんなこと誰も信じませんでした。

翌日も同じように引き出され、同じような目に遭わされました。
いつまで生きていられるのだろう、皆そればかり心配していました。

タムジンでは人に尊敬されていればいるほどひどい扱いを受けるのです。
私たちチベット人はチベット人を愛しています。
中共はそれを止めさせることができず益々残酷になっていくのです。

ダライ・ラマ法王は誰をも、
中国人であっても憎んではならないといいます。
そうありたいと思っても、どうしてもできません。

彼らは私の父、二人の兄弟を殺し、
尼僧であった妹はそれが理由で強姦された揚句に殺されました。
私は幸いチベットを逃げ出して生き残りましたけれど、
中国人を許すことはできません。どうしてもできないのです」

チベットを応援する国際世論は日に日に高まっていた。
6月、国際法曹委員会は、
“チベット問題と法の統治”と題する報告書を出した。

それによれば、“中共がチベット国民、道徳、人種、宗教、
それら社会集団を丸ごと抹殺することによって絶滅しようとしたことが、
1948年の国連ジェノサイド協定に触れるのは明白である”と述べている。

そして同報告書が、チベットは歴史的に独立国であり、
中国の一部分でないことは明らかであると結論しているのは非常に意義深い。
国際法曹委員会は国連の諮問機関として広く認められており、
同報告書は国際社会で大きく評価されている。

◆訳者あとがき

本書でも少し触れているが、漢民族の“中華思想”を
甘く見てはいけないといっている。
昔の世界支配の夢を中国(漢民族)は決して捨ててはいないのである。

天安門広場から広がった“自由民主化”の民衆運動の徹底弾圧を
指揮したトウ小平が「我々に逆らうものはたとえ一千万だろうと殺す」
と同胞に宣言したのを筆者ははっきり記憶している。
現在の中共指導者たちはその思想の継承者なのだ。

それにしても中共のチベット侵略とその植民地化のやり方は凄まじい。
毛沢東が、チベットを支配するには
まず“仏教”と仏教指導層を徹底的に滅ぼせといったのは脅しではなかった。

それが彼の“天才的”軍事戦略家としてのやり方なのであり、
いわゆる共産主義者のいう上部構造を叩け、という思想の実践である。 

しかし仏教文化、文明の根こそぎ破壊には身の毛がよだつ。
そういう状態の日本を想像してみるといい。
法隆寺などをはじめとする日本の神社仏閣がすべて焼き払われるか、
粉々に破壊され、正倉院などの宝物一切は略奪、破壊される。

仏僧たちは公衆の面前で裸にされて虐殺、
少しでも反抗する信者たちは子供の面前で惨殺されてゆく・・・
誇張でも何でもない。

現代チベットにおいて繰り広げられた事実が、大虐殺と文化の抹殺なのだ。
このような下手人たちが
今も健在で中国を支配していることを絶対に忘れてはなるまい。

LOVING-KINDNESS and Asura


最初は親切


Webマンガ
http://freejapan.tv/FlashPaper/Tibet/Tragedy_in_Tibet_Jpn.swf































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【中国BBS】日本に戦争で勝ったら日本人をどう“処理”する?

サーチナ 2013/08/28(水)
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0828&f=national_0828_007.shtml

中国大手検索サイト百度の掲示板に
「日本に戦争で勝ったら日本人をどう処理する?」
というスレッドが立てられた。スレ主の質問に対して、
中国人ネットユーザーからさまざまな意見が寄せられた。

尖閣諸島の問題によって緊張している日中関係だが、
中国のネット上では戦争間近なのではないか、
戦争になったら日本と中国のどちらが勝つか、
といった議論が頻繁(ひんぱん)になされている。

しかし、同掲示板では中国が日本に打ち勝つという前提で
「日本人をどう処理するか」という失礼極まりない話題で盛り上がっている。

寄せられたコメントを見ると、「東京大虐殺です」、
「男性はすべて滅ぼし、女性は残して中国男性の結婚問題を解決する」、
「全員強制収容所に入れて一生働かせる」、
「西部大開発のための奴隷にする」などの意見で、
いずれもひどい扱いばかりだ。

また、「男には石炭を掘りに行ってもらえば良い。
そうすればニュースで炭鉱の崩落事故に注目しなくなる。
女には共和国のために後世を残すという光栄な仕事についてもらう」
という意見も。

大多数は反日感情むき出しのコメントだったが、なかには
「そんなことをしたら、中国は日本と同じ轍を踏むことになる。
そうしたら畜生以上に畜生になってしまう」
と、まるで日本人のことを“畜生”よばわりするユーザーまで現れた。

ほかには、
「これは戦争が終わってから話すべきことだ。現状は非常に複雑なのだし」
と、そもそも戦争になるかどうか、
勝つかどうかに疑問を呈するユーザーもおり、
なかには冷静な中国人もいるのも確かだ。

日本では中国と開戦するなどといった議論が交わされることはほぼ皆無だが、
中国ではネットユーザーたちが頻繁に議論している。
これは中国メディアが「日本の右傾化」を煽り、
「日中の開戦も遠くない」と報じていることが影響していると考えられる。

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中国のチベット族やウイグル族 3人集まると即懲罰の対象に

NEWSポストセブン 2013.05.28 SAPIO2013年6月号
http://www.news-postseven.com/archives/20130528_188586.html

中国には50を超える少数民族が居住する。
中国共産党政府の凄まじい民族弾圧に屈することなく、
抗議行動はますます激しくなっている。
ジャーナリストの櫻井よしこ氏が、中国共産党の少数民族弾圧を
受けるウイグルなどの状況についてリポートする。

ウイグルでは毎年、14歳から25歳前後のウイグル人女性数万人が、
故郷から遠く離れた大都市に連れて行かれます。
彼女たちは寮生活をしながら不当に安い賃金で働かされます。

その上、ウイグル語を禁じられ、生活習慣も変えられて、
挙げ句の果てに漢民族の男と無理やり結婚させられるのです。
ウイグル人男性は結婚相手を奪われることになります。
ウイグルの血を先細りさせ、
やがて途絶えさせるのが共産党の狙いだと見ていいでしょう。  

チベットやウイグルでは、3人を超える集まりは、
それがどれほど他愛のない平和的な集まりであっても罰せられます。
学校の教室にはカメラが設置され、
教師が民族の言語や文化について子供たちに教えないよう監視されています。
新疆ウイグル自治区では
街中の至るところに6万台もの監視カメラが設置されています。

さらにウイグルの人たちは核実験でも苦しめられてきました。
2008年に『中国の核実験』(医療科学社)
を出版した札幌医科大学教授の高田純氏によれば、
1996年までの約30年間にウイグル自治区のロプノルで
46回の核実験が行なわれ、その影響で少なくとも19万人以上が死亡しました。

内モンゴルにも1980年代から漢民族が大量に入植し、
少数民族の消滅が図られてきました。
最近では炭鉱開発により、石炭を運ぶトラックが大量に走り回り、
汚水が垂れ流されて環境破壊が深刻化しています。

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支那人「日本に戦争で勝ったら日本人をどう処理する?」
→「大虐殺」「女は嫁」「収容所」「奴隷」
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5179.html

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「戦争をして人命を失うくらいなら、他国の奴隷となって命を大切にしよう」
という考えは、
実際には逆に戦争をして失う人命を遥かに超える人命を失うことになる。

中国の例だけ取り出して説明すると、中国によって侵略されて
支配された東トルキスタンやチベットの惨状を見れば良く分かる。

1949年に中国によって侵略された東トルキスタン
(中国は「新疆ウイグル自治区」と改称)では、
楼蘭などで中国に46回も核兵器を使用(大気圏核実験)されたため、
19万人が急死し、129万人が健康被害者となった。

人類の歴史における核兵器使用には、アメリカによる日本への2回のほか、
中国による東トルキスタンへの46回も含めるべきである。

1951年から始まった支那によるチベット侵略の結果、
犠牲になったチベット人は120万人にものぼる。

死んだ120万人の大半のチベット人は
武器を手にとって戦って死んだのではなく、
中国人たちに虐殺されたり処刑されたりして死んだのだ。

さらに、中国は、チベット人をこの世から抹殺しようとし、
チベット人男性に断種治療を行い、
女性にも不妊や堕胎のための治療(手術)を行ったり、
漢民族の子孫にするため強姦したりした。

http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4832.html
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4808.html

「戦争しなければ死者は少ない」とは限らない。
イギリスに植民地にされたアイルランドの人口は、
1841年の820万人が1911年には444万人と約半分になった。
1939年9月に始まったドイツとポーランドの戦争で
ポーランド人が失った命は人口の0.4%にあたる約13万人だった。
ところが、1941年、ドイツとソ連の戦争が始まり、
ポーランドで独ソ両軍が死闘を繰り広げたら、
ポーランドは人口の20%が死ぬという悲劇に見舞われた。
つまり、ポーランドでは、
戦争で抵抗をして死んだのは人口の0.4%だったが、
戦争などの抵抗も出来ない状況において死んだのは人口の20%となった。
また、生きているよりも辛い仕打ちを受ける事もあるので、
「死ななければいい、生きてさえいればいい」とは限らない。

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NHKが関与した恐るべき「黙示録」
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急げ核武装!
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中国で根絶やしにされた孔子の理想は、日本で花開いていた。
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外国人が住む町
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「危険な外国人参政権」と「恐怖の人権機関」
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スウェーデンの悲劇。外国人参政権、人権擁護法案、移民1000万人受け入れの未来。
http://www.youtube.com/watch?v=KeLL6hNVrwc
スウェ-デン人の半数が軍隊による町のパトロ-ルを望む
http://www.youtube.com/watch?v=lsshD97rDuU
【移民受入れ阻止!】~デンマークの惨状
http://www.youtube.com/watch?v=zvmNDKb6_q4
やがてベルギー人のいなくなる町 ベルギーの首都ブリュッセル
http://www.youtube.com/watch?v=eXKSQ8lxwDU
こうして治安は崩壊し、国家は死に至る ベルギー ブリュッセル
http://www.youtube.com/watch?v=qAOxOKWW0IM

社内公用語
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言語としての日本語、そして外国語との比較。
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漢字と格闘した古代日本人
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外国から見た日本【現代版】
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2009/10/20 09:00|年表リンク用資料
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