正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳

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第150回国会 憲法調査会 第5号 平成12年11月30日(木曜日)の
参考人:石原慎太郎(当時 東京都知事)の発言より抜粋
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/150/0089/15011300089005c.html
http://megalodon.jp/2013-0506-1501-12/kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/150/0089/15011300089005c.html
(前略)
私の親友であった村松剛という非常にすぐれた評論家が、
カナダの大学に交換教授で行っていて、数年いて、
帰ってくる途中にニューヨークに立ち寄りまして、
彼の思いつきで、日本があの戦いに敗れて降参をした八月十四日、
向こうでは十四日、日本では十五日となっています。
アメリカで一番ハイブラウなニューヨーク・タイムズ紙のエディトリアル、
社説をコピーして持って帰ってくれて、
私と亡き三島由紀夫さんにそれをくれました。
同時に、公平を期すというか、参考の資料として、
数カ月前にドイツが降伏したときの同じクオリティーペーパーの
ニューヨーク・タイムズの社説もコピーして私にくれた。

アメリカが非常に苦労して戦ってやっと打ち負かした、強力な、
ともに近代国家、軍事産業国家ドイツの敗戦と日本の敗戦のときの、
同じ相手だったアメリカの論調といいましょうか、
アメリカ人の意識を代表したこのニューヨーク・タイムズの論調というのは
極めて対照的でありまして、

ドイツの場合には、非常にすぐれた民族であるドイツが
ナチスという一つの虚妄のとりこになって戦争を起こし、
世界じゅうに迷惑をかけたけれども、とにかくやっと我々も勝った。
その限りで、我々は、実はすぐれた友人であるべきドイツに
思い切った手をかして、その復興を助長しようということで、
実際にイギリスも対象になったわけですけれども、
荒廃したヨーロッパを復興させるための
マーシャル・プランが遂行されたわけです。
残念ながらその後東西に二分されて、
最近になって統一が果たされましたけれども。

そのドイツの敗戦のときの論調とがらっと違いまして、
日本の場合には、しかも漫画が添えてある。この部屋ぐらい大きな、
何かナマズだか鯨だかわからない醜悪な化け物が倒れていて、
それがあんぐりあいた口の中に、
GI、つまりアメリカ兵がヘルメットをかぶって
二人だか三人入っていって、大きな大きなやっとこで、
あんぐりあいた怪獣の口からきばを抜いている。
その社説には、この怪物は倒れはしたが、決して命を失っていない、
いまだ非常に危険な存在だ、我々はアメリカのために、世界のために、
一生かかってでも、永久にかかっても、
この動物のきばと骨を抜き去って解体しなくちゃいけないと書いてある。
そして、その作業はあるいはこの戦争に勝つ以上に
困難かもしれないけれども、アメリカのために、
世界のためにこれを行わなくちゃいけないとはっきり書いてあるのです。

つまり、それを分析すれば、アメリカ人にとって、
あるいはアメリカが代表してあの戦争に勝ったと
自負している自分が背中にしょった白人社会にとって、
日本という近代国家の存在は非常に奇異なものです。

これはドイツ・ナチスの、あのナチスは一種のヒステリーでしょうけれども、
しかし、あの狂気に駆られたナチスの集団をも、
なお彼らは一種の狂気として、倒した後は、それを克服すれば
ドイツというのは見事な国になるという期待を
あえて述べているわけですけれども、

日本の場合には全く違いまして、
倒れてもなお日本は白人社会にとってはエイリアンだったわけです。
そして、依然として彼らにとっては
不気味で非常に危険な存在であるということがちゃんと書かれていて、
これを徹底的に解体しようということで戦後の統治が始まった。
これはもう紛れもない事実であります。

私は恣意的に申し上げているのじゃないのです。
それは、例えば、ニュースでも皆さんも
さんざんごらんになったでしょうけれども、あのミズーリ号の甲板で、
日本の代表団が、丸腰になった将軍たちも行き、
重光外相もシルクハットをかぶってあそこに行って調印した。
あの調印文書は何かというと、
ポツダム宣言を受諾するという書類に調印したのです。
そして、そのポツダム宣言は何かというと、
この宣言を受諾する限り日本は無条件で軍隊を解体する、
武装解除するということしか書かれていない。
まさにそれを日本は受諾した。

そして、マッカーサーは、そこで非常に短いスピーチをしまして、
そして翌日、マッカーサーのスピーチから丸二十四時間たたないうちに
GHQで内外の記者団を集めて会見して、何を言ったかというと、
きのうの調印式を見ても、諸君、想起したまえ、日本は無条件で降伏をした、
そしてきょうから日本の統治が始まる、私は責任を持ってそれを遂行する。

これには、当時の暫定内閣の東久邇内閣の閣僚たちは、
みんな良識のある方ばかりでありましたけれども、愕然としまして、
こんなばかな話があるか、我々が受諾したのはポツダム宣言の受諾であって、
無条件降伏なんか絶対していない。
かんかんがくがく閣議の中では論議があったけれども、
日本人にとっての降伏、被占領という処女体験がために動揺が大き過ぎて、
結局これに対する正式な抗議というものは行われ得なかった。

これは、非常に強引なアメリカの講じたトリックでしょうか、
つまり詐術であります。

対照的には、ドイツは降伏するときに三つ条件をつけています。
それは、まさに国家の自律性、自己決定というものを
阻害しかねない外国の干渉を、国家にとって三つの致命的な
案件については排除する、
もしそれが受け入れられないなら我々は降伏しないという形で、
連合軍もそれを受諾して、とにかくドイツの降伏を認めたんです。
ドイツがつけた三つの条件は何かというと、
降伏はするが、翌日からも国軍は残す、ナチスは責任を持って解体するが、
ドイツ国軍は残す。
つまり、ドイツの国民の財産と生命の防衛はドイツ人自身がする。
それから、ナチスは自分たちが淘汰するし、
それが残したあしき教育の制度なり残滓は
自分たちの責任を持って除去するけれども、
戦後のドイツの子弟の教育はあくまでもドイツ人のイニシアチブで行って、
一切外国の干渉を許さない。
それから第三は、当然新しい憲法を創定しなくちゃいけない、
これもドイツ人のイニシアチブで、一切外国の干渉を受けない。
これを受けられないなら我々は降伏しないということで
ドイツは条件をつけて、連合軍もそれをのんで、ドイツの降伏を許した。

日本はまさに対照的でありまして、
マッカーサーが一方的に日本は無条件降伏したと言い切った瞬間、
それをはね返す力がなかったために、戦後の日本の教育も憲法も、
そして与えられた憲法の中で、国軍どころか一切の防衛力を認めない、
日本人もみずから認めない、そういう誓約というものをさせられた。
憲法の九条はそのために講じられたわけです。

その後、非常に強引なマッカーサーの詐術から始まった
日本の統治というものに対する徹底した統制が行われて、当時にしてみたら、
ごく数カ月前の出来事に対する批判というものは一切許さない、
物すごい過酷な言論統制が行われた。

日本のメディアのだらしないところは、
こういうものに対する反発は一切どの新聞も行ってこなかった。

それを告発したのが、たった一人江藤淳でありました。
彼の、たしか「閉された言語空間」ですか、
これは非常に大事な大事な資料ですし書き物ですけれども、
彼はそこで当時の日本人のふがいなさ、
特に日本の言論のふがいなさというものを告発していますけれども、
実際に戦争中以上に微に入り細にわたる言論統制をやったんです。

そして、私たちはそういう統制された言語空間の中で、
彼らがつくって与えた憲法というものをあたかも至上の理念のごとき、
つまり錯覚というものが造成されてきて、ついに、今日の結果から見れば、
私は、アメリカの見事な統治政策が成功して、
日本人は意識どころか下意識から解体されたという気がしないではない。

私、割と早くに年若く文壇に出たものですから、
文壇と非常に親交のあった白洲次郎さんと文壇の催し物とか、
小林秀雄さんと非常に親しかったもので、
私も小林さんの近くに住んでいましたから、そんなことで折々一緒に
お酒を飲んだりゴルフしたりしながら話をしたのです。

この白洲次郎というのは、皆さんよく御存じのように
吉田さんの側近でありまして、それでGHQとの交渉をすべてやった。

ただ、この人は非常にこの憲法について疑義を抱きながら、
特に九条に関しては、親しかった吉田茂と衝突して議論しながら、
結局、自分の仕えている上司でありますから
九条も是とせざるを得なかったのでしょう。

この人が、実際に彼らが英語で起草した憲法の翻訳というのを、
そのときいろいろな状況の中で非常に急いで拙速に、
二日だか三日だかでやったんでしょう、それでその話をよくしていました。

私は後で申しますけれども、日本の憲法、特にあの評判の高い前文というのは
醜悪な日本語でありまして、私は文学者ですから、
あの醜悪な日本語を文章としても許すわけにいかない。
その話もしましたら、白洲次郎というのは
非常にさっぱりしたすばらしい男でしたけれども、
あのべらんめえのおじさんが私に、
そうなんだ、おまえ、おれはずっとイギリスで育ったものだから、
日本語より英語の方がよっぽどうまいんだ、
そのおれがかなりいいかげんな日本語でうんうんとやったんだよ、
あんなものはでたらめに決まってら、
とにかくマッカーサーがいなくなったらさっさと直すと思ったら、
ばかだね、日本人というのはまだ同じことをやってやがる。
自分で自分につば吐くみたいな話じゃないですかと言ったら、
いや、全くそうなんだけれども、
しかしおれ一人でどんどん行くものじゃないからなと言っていましたがね。

この白洲さんというのはいろいろなエピソードがありまして、
非常にすばらしいキングズイングリッシュをしゃべったものだから、
彼らから見れば田舎っぺのマッカーサーの属僚たち、
何とかというナンバーツーかナンバースリーの将軍が、あるとき白洲次郎に、
白洲さんの英語は見事ですなと言ったら、
うん、まあ君の英語も少し勉強したらもうちょっとましになるよと言って、
相手がかんかんになって怒ったというぐらいに
達者な英語遣いでありましたけれども、
同時に、非常に正確な日本語をしゃべった人です。
その人が、個人的にはそういう述懐をしておりました。
彼が、一人の日本人として、自分も含めて日本人を
そういう形でそしるというのは、むべなるかなという気がいたします。

例えば、私、本当に前文というのは醜悪。
うたわれている理念はいいんですよ、ごく当たり前のことですよ。
ですけれども、それを表現するに、
翻訳としても非常に拙劣な日本語でありまして、
これは皆さんの言語能力をテストするつもりはないけれども、
あの前文に、ここに「この憲法を確定する。」とありますね。
これはたしか原文はエスタブリッシュという動詞だったと思うけれども、
法律をつくるときに、確定すると言いますかね。
普通だったらこれは、法の表現でいったら制定でしょう。
それから、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
平和のうちに生存する」云々とあるけれども、
前置詞一つ、助詞一つの問題かもしらないけれども、
「ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、」とは言わないですな、日本語では普通。
欠乏を免れですよ。こういうところにやはり致命的な日本語の乱れがある。

だから、私は、今日の若い世代の言葉の乱れというのを
大人はひんしゅくしているけれども、いつの時代でも、
若い人は若い表現をするので、
それが拙劣か歴史的なものになり得るかどうかわかりませんが。
とにかく、日本人の日本語に対する敬意というものの欠如、
無神経は既にこの前文で始まっているのです。

私はこれは、国語の教育からいったって、こんなものは、
たとえこの一字二字でいいから変えてもらいたい。
ということで、私はやはり、余りにもいろいろな問題があると思うのです。
後で個々に御質問があるようですけれども。

私は、とにかくこの憲法を考え直す。
いろいろな瑕瑾があるでしょう。いいところももちろんあります。
いいところは残したらいいのですが、変える変えないの問題じゃなくて、
我々を有形無形で支配し、規制している国家の基本法の憲法というものが、
歴史的な、どういう条件で規制されて現出したかということを、
もうそろそろ冷静に、歴史の事実というものをつなぎ合わせながら、
決してモンタージュじゃなしに、重ねながら、
もう一回歴史的に分析する必要があると思う。

そして、そこに日本人のどれだけの自主性、自律性というものが
加味されたか。私はほとんどないと思いますけれども。
つまり、あり得たとしたら、この憲法が採択されるときに、
自由党は、仕方ないじゃないか、暫定的に引き受けると言い、
共産党は熾烈に反対した。
ある意味では、私は、あのときの共産党の反対というのは、
コミンテルンの支配とかいろいろあったでしょうけれども、
しかし、言い分だけを眺めれば、国家というものを
一番きちっと認識した真っ当な反対論だったと私は思いますな。

だけれども、とにかく、結果としてこれが国会で是とされた。
そこら辺ぐらいは日本人の意思というものが
加味されたかもしらないけれども、
そこより、国会に議題として提出される前に、
一体日本のイニシアチブというのがどれほどあったかということを
歴史的に検証すれば自明なことでありまして、
私は、だから今国会ですべきことは、そういった歴史というものを踏まえて、
国家の宣言、国家の自律性というものを再確認しながら、
この憲法を歴史的に否定することなんです。

否定するのはどうこうって、ただ、とにかくこれは好ましくないし、
こういう形で、決して私たちが望んだ形でつくられたんじゃない
ということを確認して、国会で否定したらいいじゃないですか。
否定するには、内閣の不信任案と同じなんで、過半数があったら通るのです。
手続じゃないのです。改正の手続に乗ることはない。

私は、これを否定されたらいいと思う。
否定された上で、どこを残して、
どこを直すかということの意見が始まったらいいのです。

とにかく、今の改定の手続といったって、
これはやはり白洲さんが言っていましたけれども、
直させるつもりがないからあんなややこしい手続にしたので、
彼は、直す必要はない、
こんなものはとにかく否定してしまったらいいんだと言ったのを
今になって思い出すんです。

私は、やはり国会が、
ごくごく間近な過去の歴史の規制というものを分析して、
決してそこに、この憲法が起草された段階では、
ほとんど日本人のイニシアチブは及んでいなかった、
そういう占領下という特異の状況にあった。その憲法というものに
私たちの自律性、意思というものが反映されていない限り、
国家の基本法としてのレジティマシーがないんだということを
国会全体で認めて、これは日本人の民族の尊厳のためにもみんなで認めて、
後はまた国会でそれぞれの立場の代表が集まっているところで議論したらいい
けれども、まず、これをやはり歴史的に否定していただきたい。

それは、内閣不信任案と同じように過半数の投票で是とされると私は思うし、
そこで否決されれば私はもう何も異論を挟まない。
そういう作業こそひとつ国会で積極的にお考え願いたい。
これは非常に簡単で、
国民が納得する一つの、国民を代表する国会の意思の表示だと思います。

しかるべき上でどこをどう直すかという議論がされたらいいので、
前文の前置詞、助詞がいい悪いというのは
非常にトリビアルな話ですけれども、
やはりこれは象徴的な意義があると思うのです。

つまり、日本語になっていないからおかしいので、
何で前文という大事な部分が日本語になっていないか。
つまり、日本人のイニシアチブが及んでいない、
発想が英語でされたというだけの話です。

そういうことで、私は、やはり半世紀以上たった今日、
国民の自負、自覚、国家の尊厳、自律性というものを反映して、
ごく間近な過去の歴史でありますから、それらを分析することで、
この憲法を歴史的に、正統性がない、レジティマシーがない、
つまりあの時点で日本人の意思というものが何ら反映されていなかった、
そういう現行の法律が、完全に自主独立を取り戻した日本で
レジティマシーを持つか持たないかという議論を、
抽象論のようですけれども非常に大事なものだと思いますので、
国会でぜひやっていただきたいということをお願いして、
一応お話を終わります。ありがとうございました。(拍手)
(以下略)

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ポツダム宣言
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2009/09/06 09:00|年表リンク用資料
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