正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観=完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=固定観念=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=戦う人は悪い人=軍民分割統治=団結させない個人主義の洗脳を解き、誇りある歴史を取り戻そう!

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ロシアの対日非難と日本の反論

1904年(明治37年)2月18日、露国は公文を以て、
日本海軍が宣戦布告に先立って露国を攻撃したと非難し、
また同20日には外交断絶と戦闘開始の顛末を公表した。

その要旨は、外交断絶は宣戦開始を意味するものではなく、
日本は2月10日に宣戦したのであるから、
それ以前に露艦を襲撃したのは国際法違反であると云ふにあった。

これに対して日本政府の当路者たる小村外相は3月2日、
内外新聞紙上にて次の如く非公式的に露国の日本非難に反論した。即ち、

「露国の公表文によれば、日本は、平和を熱心に維持しようとする露国の
不意に乗じ、詐術を以て奇勝を博したと非難するが、
露国に平和を愛する念のなかりしことは、徒らに時局を引延ばし、
一方に於て海陸の軍備拡張に汲々たりしを以て容易に之を知るを得べし」

と述べ、前年4月の満洲撤退第2期に露国が約束を破って以来、
極東に於ける露国軍備増強の事実の数々を列挙し、

「誰が露国に戦意なく、又戦備なしと云えようか。
日本は事態切迫し、この上一日の猶予を許さざるを以て、遂に眼むを得ず、
その無用に属する談判を断絶し、自衛のために必要の処置を取るに決せり。
故に戦争を挑発さしたるの責は日本にあらずして却て露国にあり」

と痛論した。

さらに宣戦に先立つ露艦攻撃について、

「日本は2月6日に於て露国と談判を絶了し、
侵迫を受けたる地歩と利権を防護するため、
自ら最良と思惟する独立の行動を取るべきこと、
並びに外交関係を断絶し、公使館を撤退する旨を露国に通告せり。
独立の行動は一切を意味す。
敵対行為の開始また固よりその内にあり。
仮に露国に於て之を解すること能はざりしとするも、
日本は露国に代りて誤解の責に任ずべきの理由なきことは勿論なり。
また宣戦公布は敵対行為開始の必要条件に
あらざること国際法学者の悉く一致する所にして、
現に近時の戦争に於ては宣戦公布は交戦開始後に於てするをその常とせり

(筆者註―――開戦に先立って宣代布告することが国際条約で
義務づけられたのは明治40年(1907年)
ハーグで成立した「開戦に関する条約」以後のこと)。

故に日本の行動は国際法上に於ても毫も非難すべき点なく、
況んやその非難の露国より来るに於ては、すこぶる奇と云はざるべからず。
何となれば、露国自ら宣戦の布告なく直ちに戦闘行為を行いたることは
歴史上その例証極めて乏しからざるのみならず、
1808年に於ては実に外交関係の断絶前に於てすら
フィンランドに出兵したればなり」と弁駁した。(『小村外交史』)。

『小村外交史』は、ウィッテの幕僚にして
情報主任であった英人ディロンの説を紹介している。
それによれば、彼は日本にとって不利の議論はしても、
有利の弁護は余りしなかった人であるが、
後年、露国の隠れた史実を調査した末に曰く、
「日本は突然ロシア艦隊を襲撃して非難を受けた。
この非難は今日に至っても、なお、日本にしている者が世に少なくない。
私は該当年の史実を可能な限り調査したが、日本は平時の時と同じように、
戦時の時も終始、勇侠的信実および節制を表わしたという確信を得た。
ロシアは、敵が行ったような不意撃ちをしなかったであろうという説は
虚妄であろう。当時、露帝が関東総督に与えた
『日本艦隊が、もし韓国の西方に於て
北緯38度以北に進航するならば、日本艦隊からの
第1砲弾を待たず、我が方から彼に襲撃を加えて可なり』
との重要なる電命は今日に厳存する」
と。

露国当年の秘録に「第39号電訓」と称されている、
その電訓の後半には

「日本が韓国西方で軍艦を以て上陸軍を掩護し、
もしくは上陸軍が北緯38度以北に進む場合には、
日本軍より最初の射撃を待たず直ちに日本軍を攻撃して可なり」

とある。

当時、日本はこの有力な証拠を入手し得なかったが、
この電命は、露国が宣戦に先立って、
事実上、対日戦闘状態に入っていたことを雄弁に証するものである。

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『大東亜戦争への道』中村粲(あきら)著1990.12.8(展転社)P98~99より
2009/07/02 09:00|年表リンク用資料
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