正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳

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『大東亜戦争の正体』 清水馨八郎 著

◆アメリカによる侵略戦争の常套手段

アメリカが1776年7月4日に独立を宣言してから今日まで、
わずか230年足らずの間に、世界に突出した超覇権国に躍り出られたのは、
原住民や他民族への侵略に次ぐ侵略の歴史があったからである。

星条旗の星の数が当初の13からあっという間に50に増えたことでも明らかだ。
日本に仕掛けた大東亜戦争もその一つにすぎない。

米の侵略史の第一ページは先住民の殺戮・征服である。
アメリカ・インディアンはアメリカ大陸に一万年以上の歴史を持つ
東洋出身モンゴロイド系の先住民族で、
当時約200万人から500万人と推定されたが、
新来のアングロサクソン移民によって森の木を伐るごとく、
殺戮されてしまった。

白人は彼らを人間と見ず、バッファローと同じ自然の一部として、
奸計を以って悪逆無道の殺戮を繰り返し、
1890年(明治23年)には、先住民の人口は20万人にまで減少した。
この残虐な行為をアメリカ史では、アメリカ人の勇敢な開拓者精神、
パイオニア精神の発揮と誇っている。

この西部侵略が東から西へと向かい太平洋岸に達した時、
今度はその矛先を太平洋に向け、ハワイ、グァム、フィリピンと進み、
ついに日本列島に達したのが大東亜戦争であった。

したがって、この戦争もアメリカの一貫した西部へ西部への
侵略戦争の延長とみることができる。

アメリカはわずか半世紀の間に、先住民を亡ぼし、
大陸の覇権を確立していった。
今度は侵略の矛先を西から南に転じ、メキシコと戦端を開くにあたって、
有名な「アラモの砦を忘れるな」の合言葉を以って戦意高揚を図った。
これは後の「真珠湾を忘れるな」に通ずる、
アメリカ侵略戦争開始の常套手段となっていった。

1836年、アメリカは当時まだメキシコ領だったテキサスのサンアントニオに、
独立運動の象徴アラモの砦を築かせた。
これはメキシコ軍が襲ってくるのを見越した上のことだったが、
案の定、籠城した200人の人々は
たちまちメキシコ軍の攻撃を受けて全滅してしまった。

アメリカはこの事件を「リメンバー・アラモの砦」という合言葉で、
国民の戦意を鼓舞し、戦争を正当化して侵略戦争を起した。
この米墨(墨はメキシコ)戦争の勝利で、
米国はニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニア州など
当時のメキシコ領の半分にあたる広大な領土を併合し、
国旗の星の数を一挙にふやした。

メキシコ戦に味をしめた米国は、1898年(明治31年)、
同じ手口でスペインと戦端を開くことになった。
今度は「メーン号を忘れるな」であった。

◆太平洋を越えた征服事業の数々

1898年の米西戦争は、カリブ海だけでなく、太平洋、極東において、
アメリカがスペインを押さえて
アジア、太平洋の覇権を握る一大契機となった。

米艦隊は極東のスペイン領のフィリピンを侵略するに当たって、
フィリピン民族独立軍のアギナルド将軍に対し、
スペイン撃退後のフィリピン独立を約束し、その協力をとりつけた。

ところが、スペインが敗退降伏すると、アメリカは約束を反故にし、
フィリピン併合を宣言し、それどころかアギナルド軍を攻撃し、
将軍を処刑してしまった。明らかに裏切りである。

アギナルドは米軍との戦いに先立ち、その援助を日本に求めてきた。
彼は日本亡命中の孫文を介して日本の志士たちと接触し、
犬養木堂(毅)などによって、武器弾薬の支援もあったが、
1902年(明治35年)鎮圧されてしまったのである。

この結果スペインは、「パリ条約」でキューバを放棄、プエルトリコ、
グァム、ミッドウェー、ウェーク、フィリピンをアメリカに割譲させられた。

ハワイはアメリカの手のこんだ謀略工作でカメハメハ王朝が崩壊し、
1898年に併合されてしまった。
当時ハワイでは、日本人が人口の半分(22000人)を占めていたので、
女王は明治天皇に援助を依頼してきたが、
当時の日本には米国と戦う力はなく、みすみす事態を見過ごすしかなかった。

アメリカは、ヨーロッパ列強からも、アジア大陸からも、
大西洋、太平洋という大海原を越えて侵略される心配がない。
それなのにこの国は、建国以来数十回も戦争を繰り返しているのである。

だからそのすべては、自ら創った戦争、すなわち侵略戦争の連続なのである。
しかも後世の歴史に正当性を残すため、いかにも敵が先に侵略してきたので、
正当防衛として立ち上がらざるをえなかったかのようにみせかけるため、
子供だましのような技巧を凝らしてきた。

「リメンバー・パールハーバー」と全く同じ手口で、日本を挑発し、
先に手を出させることで、侵略戦争に持ち込むという、
お得意の方法であった。

このようにアメリカの侵略の歴史は繰り返されているのに、
日本の政治家も識者も、いまだに日本が無謀な侵略戦争を
米国に仕掛けたものと洗脳されているのは、あわれである。
2009/04/15 09:00|年表リンク用資料
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