●正統史観年表 戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳 |
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1942年(昭和17年)4月30日、第21回衆議院議員総選挙(翼賛選挙)
「汚職を返上する」と称して昭和17年に行われた選挙をさすことが多い。 これは「政治献金をもらうから汚職が起こる」ということで、 推薦を受けた立候補者には選挙資金を交付するということになったが、 実は、その選挙資金はすべて陸軍の機密資金からばらまかれたものだった。 機密資金(臨時軍事費)で当選した議員は”臨軍代議士”と呼ばれた。 この選挙で当選した人はすべて陸軍と癒着した議員だった。 民間から一切金をもらってないのだから、 選挙民や財閥などの顔色を気にする必要はない。 その代わり「陸軍の言うことなら何でも聞く」という議員が大量に誕生した。 こうなってしまえばもはや議会制民主主義は消滅したも同然である。 この翼賛選挙の一年半前の1940年(昭和15年)秋には、 近衛首相を総裁とする大政翼賛会が発足し、 すべての政治団体は解党し、日本に政党はなくなっていた。 翼賛選挙では確かに汚職はない。 だが、そこでは議員と政府が癒着するという、組織的な汚職が起こっている。 1942年(昭和17年)4月30日、第21回衆議院議員総選挙の選挙ポスター ![]() |
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