正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観=完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=固定観念=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=戦う人は悪い人=軍民分割統治=団結させない個人主義の洗脳を解き、誇りある歴史を取り戻そう!

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軍用犬「幸(さち)」 Army dog "SACHI"

弾雨下に勇士と共に活躍する軍用犬
弾雨下に勇士と共に活躍する軍用犬

戦場手記『征野千里』中野部隊上等兵 谷口勝著より引用。

・・・背後の鉄橋はまだブスブスと燃えくすぶっている。
依然として敵の銃火はこの橋に弾幕を張っている。
河向うと連絡に走る戦友はみんなこの橋桁の上で倒されて行った。
私たちはこの河を境に完全に後方と連絡を絶たれて孤立してしまっている。
なんとか連絡をつけねば、とみんなが焦った。

すると誰かが叫んだ。
「犬が・・・犬が!」
みんなが壕から振り返って橋を見た。
橋の上を、燃え残った橋桁の上を、
大きなセパードが一匹こちらへ向かって必死に走っている。

敵陣に重機が一ときは激しく鳴って、
黒く燃え残った橋桁が炭を散らすようにパッパッと刎飛ぶのが見られた。
セパード犬はこの中を煙をかむって一気に走っている。
「サチだ、サチだ!」と荒木准尉が叫ばれた。
私たちの隊についている軍用犬の『幸』号だった。

みんなが歯を喰いしばってこれを見た。
『幸』はやっぱり私たちと同じに敵の銃火が
自分に集中されたことを知ったのか必死な目をして猛烈なスピードで走った。
橋桁の上に死体がある。
一つ、二つ、三つと『幸』は走った余勢でこの死体を飛び越えていた。
ちょっとよろめいたようだった、みんなハッとして胸が詰まる思いであった。
「サチ! サチ!」と大声で叫ぶ。
『幸』は、また走りつづける。死体を越えて。

そうして大変な勢いで私たちの壕へザブーンと飛込んできた。
サチは全身水の中へ入ってしまった。
私たちは自分が弾丸に射たれるのを忘れて『幸』を抱いた。みんなが抱いた。
耳をキッと立てて口を開いて、長い舌を出して、荒い息をした。
抱くと『幸』はよろこんで私たちに強く体をすりつけてきた。

『幸』は本部からの命令書をつけている。
そして米を、僅かだが重い米さへ体につけていた。
この米は一粒づつみんなに分けて大切に噛もう。
雨は降りつづけている。敵の銃火は一こうに衰えない。
いやますます激しさを加えてきたようだ。

『幸』は再び大切な命令への返事と報告を体につけた。
荒木准尉が『幸』の頭を撫でられた。
「すまんのう。もう一度頼むぞ」私たちはみんなで『幸』に頬ずりした。
「すまないすまない」とみんな口に出していう。
『幸』はその間もはやって橋の方へ飛び出して行こうとする。

私たちは、はやる『幸』をじっと抱きかかえて
銃火が少しでも衰えるのを待った。
橋からは煙が上っていた。
橋の向うに、友軍の鉄兜がチラチラと動いていた。
「オーイ、これ頼む!」と叫んで
横の壕から石原上等兵がなにか私の方へ放り投げてきた。
濡れてはいたが、千人針だった。
死線さえ越える五銭玉もついて、
『大和魂』と縫った赤い糸の色が水に崩れて赤い千人針になっていた。
説明を聞かなくとも一切がわかった。
私はこれを『幸』の腹に巻いてやった。

銃火が少し切れたようだ。「たのむ!」と叫んで手を放した。
『幸』はなにか獲物でも見つけたように猛然と飛び出して行った。

また死体を越えて、橋桁を走った。
敵の銃火がソレッ! というように一斉にわめき叫んだ。
橋桁がパラパラッ、パラパラッと崩れて飛ぶ。
『幸』は走っている。

一つ、二つ・・・死体を越えた瞬間、ハッキリと『幸』がよろめいた。
「やられたぞ!」と自分たちが射ちぬかれたように絶叫する。
『幸』はヨロヨロとしてちょっと死体の横に止まった。
死体の下へ頭を入れようとさえする。

石原上等兵が壕を飛び出した。「危い!」と叫んだが駄目だ。
石原上等兵は橋の方へ這って行く。

つづいて小林伍長がまた這い出した。
「小林、いかん!」荒木准尉が怒鳴られると、
小林伍長は「自分は衛生兵であります!」と這いながら叫んだ。

『幸』は死体の下へ『伏せ』のような恰好をしたが、
突然、ワンワンワンと猛烈な叫びをあげたかと思うと、
死体を越えて再び一さんに鳴きながら橋桁を走って行った。
左の後脚が真赤だった。

みんなが泣いた。声をあげてオイオイと泣き出すのだった。
雨は依然としてやまず、機銃弾は唸りつづけている。・・・

―――引用おわり―――――

上海陸戦隊員と海軍伝令犬(昭和12年の写真週報より)
上海陸戦隊員と海軍伝令犬(昭和12年の写真週報より)

上海戦にて伝令任務に駆け出す日本陸軍伝令犬
上海戦にて伝令任務に駆け出す日本陸軍伝令犬

軍犬:幸(さち)
生年月日:昭和8年(1933年)2月1日
出生地:青島
犬種:シェパード
色:黒と褐色
性別:メス

幸は1933年(昭和8年)6月20日、献納犬として
歩兵第○聯隊に受領し、訓練を開始した。

幸は特に感覚鋭敏、怜悧にして従順、したがって急速に訓練進捗し、
昭和9年9月には基本訓練及び応用訓練を完成。
一軍犬として随時随所に遺憾なく使用し得る様になった。

爾来毎年の秋季演習には聯隊本部
及び第一線大隊の連絡等に傳令犬として活用された。

偶々昭和12年7月支邦事変が勃発すると第一回補充軍犬として出征し、
昭和12年9月4日、口頭村に於て第○○○隊に補充された。

当時、口頭村付近に在った○隊は房山付近攻撃の命を受けた。
攻撃を開始すると伝令犬として第一線○隊及○隊本部間の連絡に任じ、
敵の銃砲火を浴びつつ、兵も及ばない活動をし、
聯隊長および第一線○隊長の戦闘指導を容易にした。

昭和13年2月19日○隊が孝義県城付近に兵力集結の際は、
○隊本部と警戒部隊の第○中隊間の連絡の任務に就いた。

長距離にもかかわらず良く命令報告文を運び、
それにより警戒中隊が○隊長の意図の儘に行動することが出来た。

各所の戦闘に際し常に重要な方面の連絡に任じたが、連絡困難な情況、
地形に於て猛烈な敵銃砲火を冒して常に迅速に所命の連絡を
確保出来たのは本犬の優秀な能力によるもので、
之が○隊長の戦闘指導を容易にした功績は抜群というべきものであった。

歩兵○○○部隊軍犬班

「事変最初の軍犬表彰」(昭和14年)より

靖国神社の軍犬慰霊像
http://stat.ameba.jp/user_images/20120817/08/ginzayumimama/ca/df/j/o0363054312139261993.jpg
靖国神社の軍犬慰霊像

以下、『帝國ノ犬達』 より抜粋。

銃声を怖れる犬では伝令任務は務まりません。
伝令任務中、魅力的な雌犬とか餌とか電信柱に誘惑される犬も不適格。
遭遇した野犬や他部隊の軍用犬に喧嘩を吹っかける犬も不適格。
ネコや兎を追い掛け回す犬は、そもそも軍用犬として不適格。

任務中は一心不乱に連絡路を走り、
目的地の伝令犬班員の元へ辿りつくまで
何があろうと通信文書を失わない犬だけが伝令犬になれました。

危険な戦場を犬が伝令に走るのは「国のため」ではなく、
ただただ、主人である軍犬兵への思慕の情からでした。

大事な通信文を途中で落としたり、濡らしたりしないよう、
首輪に縫い付けられた革製信書嚢にしっかりと収納し、
途中遭遇する野犬や雌犬や食い物や電信柱には目もくれず、
敵の監視を潜り抜け、河や不整地を突破して目的地へ送り届ける伝令犬。
彼らは部隊の命運を託され、戦場を走り続けました。

迫撃砲の集中砲火によって跡形も無く吹き飛ばされた犬。
被弾しながら陣地へ這い戻ってきた犬。
目的地に到着寸前、兵士の目の前で狙撃された犬。
重傷を負いながら任務を遂行した後、手当ての甲斐なく事切れた犬。
帰らぬ伝令犬をいつまでも待ち続けた兵士。
行方不明となった犬を捜索に出て、敵弾に斃れた兵士。
伝令路構築中、被弾した主人を守ろうとして共に戦死した犬。

伝令犬に関する記録には、悲しいものが多過ぎます。

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戦場で死に行く馬に水を与える日本兵
戦場で死に行く馬に水を与える日本兵
2008/12/18 18:00|年表リンク用資料
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