正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳

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大東亜戦争についての原因、目的、手段、結果を通して
全体的に検証しなければならないと思います。

「負けたから悪い」
「負ける戦争をしたから悪い」
「どうやったら勝てたか」

という「手段」のみに限定して考えるのなら、
大東亜戦争に限定しなくてもいいですし、
日本が関わる戦争に限定する必要はありません。
大東亜戦争時の日本側の動きに限定する必要もありません。

手段の研究なら、次回は勝てるように、過去の、いろんな国の、
いろんな戦争について、専門家の方々に研究していただければいいわけです。

日本の過去について特に問題となっているのは、
中国や韓国から批判されている「戦争の原因」のほうです。

中国や韓国は、「なぜ日本は負ける戦争をしたのだ!」
と日本を批判しているわけではありません。

中国や韓国は、
「日本が100%、絶対的に悪かった!」と主張しているのですから、
日本人が「どうやったら勝てたか」と話し合っているのを見たら、
中国や韓国は、
「日本人は、どうやったら侵略を成功させることができたのか」
などと考えている極悪人だ、と思うでしょう。

「原因」は非常に重要です。

「原因」の認識が違えば、たとえ同じ「結果」に至ったとしても、
その見方は大きく違って来るからです。

「強盗に入られて殺されたのか」
「強盗に入った極悪人が逆に殺されたのか」

これは大きな違いです。
結果よりも重要だといっても過言ではないほどです。

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大東亜戦争の「原因」、「目的」、「手段」、「結果」

1929年のアメリカのホーリー・スムート法(下院)で本格的な世界恐慌となり、
世界は保護貿易主義で、米ブロック、英国ブロック、フランス・ブロック、
ソ連ブロックなど、世界は経済ブロックによる経済封鎖の方向で
自由に貿易ができなくなっていったので、
日本は満州、台湾など少しでも自国の経済圏の確立をめざしていました。

支那には欧米の租界も条約によって設置されていましたし、
自国民保護のための欧米の軍隊も条約によって駐留していました。
欧米と同じように日本も条約によって租界が設置され、
軍隊も条約によって駐留していました。

支那は日本だけを攻撃するようになっていき、
日本が、やり返すと侵略だと言われたのです。
不戦条約は自衛権を除外していました。

【原因】
1937年、支那事変は盧溝橋事件が始まりであれ、
第二次上海事変が始まりであれ、支那から攻撃して来て始まりました。

日本が支那(蒋介石の重慶政府)と戦争してるのに、
アメリカが支那(蒋介石の重慶政府)に軍事資金や軍事物資を支援し続け、
支那は、いつまで経っても日本への攻撃をやめないので、
アメリカが支那(蒋介石の重慶政府)へ支援するルート「援蒋ルート」を
遮断するために、日本は仏印と平和的に話し合って
日本軍は仏印に進駐しました。

するとアメリカが日本への石油禁輸をしました。

【目的】
石油がないと国を守れず、治安を維持できず、
経済活動もできなくなるので、石油を手に入れなければなりません。

【手段】
日本は蘭印の石油を武力で確保する決断をしました。
その前にハワイのアメリカ艦隊が来るのを遅らせるために
先手を打って真珠湾を攻撃しました。

戦争しないのは簡単で、単に戦わなければいいだけです。
しかし、その代わり宗主国に理不尽な要求をされても断れなくなります。
戦わずに従属するという事です。

戦わずに条約を結んで他国の属国になるのか、
ギリギリまで戦ってから条約を結んだほうが良い結果になるのか、
極めて不利で限られた選択肢しか残っておらず、
その状況は、まさに国難でした。

追い込まれた日本は、国家の存亡をかけて戦う道を選びました。

【結果】
日本は全滅しませんでした。
そしてまた独立できました。
念願の自由貿易ができるようになって繁栄しました。

結果としてアジアの国々も独立できました。(特定国を含む)

損害に見合う結果を出し、今日にいたっています。
2008/12/08 12:00|年表リンク用資料
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