正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観=完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=固定観念=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=戦う人は悪い人=軍民分割統治=団結させない個人主義の洗脳を解き、誇りある歴史を取り戻そう!

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1920年7月、陽明丸(茅原基治船長)がロシアの子供たちを救う。

南山高・中の生徒が招待 孫の女性講演

読売新聞 2011年10月27日
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/aichi/news/20111026-OYT8T01241.htm

「20世紀初め、内戦下のロシアの子供たちを
救ってくれた日本人にお礼が言いたい」――。

祖父母から90年間受け継がれ続けた思いを実現させるため、
ロシア・サンクトペテルブルクからオルガ・モルキナさん(57)が来日し、
26日、名古屋市昭和区の南山高等・中学校男子部の生徒ら
約1200人を前に講演を行った。

1918年、ロシア革命後の内戦から逃れるため、
モルキナさんの祖父母ら4歳から18歳ぐらいまでの子供たち約800人が、
ペトログラード(現サンクトペテルブルク)から
集団でウラジオストクまで疎開した。

さらに戦火が及ぶことを心配した米国赤十字社からの要請により、
貨物船「陽明丸」の茅原基治船長が子供たちの受け入れを決める。

陽明丸は20年7月、ウラジオストクまで子供たちを迎えに行き、
太平洋と大西洋を約3か月間航海した後、フィンランドへ送り届けた。
子供たちは同年10月、無事に故郷へ戻ることができたという。

今年6月、モルキナさんが茅原船長の手がかりを探しているという話を
インターネットで知った南山高1年芳村慶祐さん(16)は、
「ロシアの子供たちの命を救った日本人がいること、
そして感謝の気持ちを90年間も
受け継いでいる人がいることにびっくりした」と言う。

モルキナさんの話を聞きたいと、仲間と学校側と掛け合って了解を取り、
在日ロシア大使館などと連絡を取って
モルキナさんの居場所を探し出して交渉し、この日の講演が実現した。

モルキナさんは講演で、
「若い世代の人たちに陽明丸の話を伝えることができて感動している」
と語り、「新たな歴史を知るためにも、
自分たちの家族の歴史にもっと興味を持ってほしい」と訴えた。

講演後、芳村さんは「陽明丸の話は、
僕たちが継承者となって後の世代に伝えていきます」と話した。

一方、生徒たちがモルキナさんの招請を計画している間、
2年前にモルキナさんから茅原船長の関係者捜しを
依頼されていた金沢市の書家北室南苑さん(64)が、
茅原船長の墓が岡山県にあること、
親類の茅原好子さん(77)が墓を守っていることを突き止めた。

モルキナさんは27日、茅原船長の墓を訪れ、
船長の子孫らと対面し、感謝の気持ちを伝えるという。

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救出した日本人船長に感謝=ロシア革命期の難民児童800人。
孫の女性が来日墓参。

時事ドットコム 2011/10/27-16:00
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011102700583&google_editors_picks=true

ロシア革命(1917年)後の混乱期、
親と離別したロシア人の子どもたちを貨物船で
国外に脱出させた日本人船長がいた。

当時救出されたロシア人の孫の女性が27日、感謝の気持ちを伝えようと、
船長の親族と初めて対面し、岡山県笠岡市にある船長の墓を訪ねた。

船長の名は故茅原基治さん。
手記によると、貨物船「陽明丸」は20年7月、
ロシア革命で難民となり米国赤十字社に
保護された約800人の子どもを乗せ、ウラジオストクを出港した。

北海道・室蘭に寄港後、太平洋を横断。
パナマ運河を経て大西洋へ抜け、3カ月後にフィンランドへ到着した。

ロシア・サンクトペテルブルクに住む英語教師
オルガ・モルキナさん(57)は、祖父母が陽明丸に助けられた。
「感謝の気持ちを伝えたい」と思い、
金沢市の知人女性に手掛かりを捜すよう依頼。
船長の存在を特定し、墓も捜し当てた。

このことを知った南山高校男子部(名古屋市)が、
授業の一環としてモルキナさんを招待。
船長の遠縁に当たる笠岡市の茅原好子さん(78)らとの対面が実現した。
「とても感動的な瞬間だ」と話すモルキナさんに対し、
好子さんは「うれしい。おじさんはとてもいい人だった」と思い出を披露。

墓前に供花したモルキナさんは
「子どもたちの救出に尽力してくれた全ての人の思い出を、
私たち子孫は末永く守っていく」と誓っていた。

2011年10月27日 午前、岡山市倉敷市のホテルにて
対面した茅原好子さんとオルガ・モルキナさん
2011年10月27日 午前、岡山市倉敷市のホテルにて対面した茅原好子さんとオルガ・モルキナさん

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大和心とポーランド魂
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