正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観=完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=固定観念=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=戦う人は悪い人=軍民分割統治=団結させない個人主義の洗脳を解き、誇りある歴史を取り戻そう!

ホーム 全記事一覧 << 日滿華共同宣言 言語としての日本語、そして外国語との比較。 >>
『ウソの報告を信じた政府や軍の高官たち』

南京安全区国際委員会にはウソの報告が多数寄せられ、
それをそのまま確認もせず、
タイピングして日本政府に送ったりしていたので、
それを信じてしまう政府や軍の高官がいました。
それをもとに注意の通達が出されていたのです。
(下記が参考資料です)

『「南京事件」の総括』 田中正明 著 小学館 より

南京安全区国際委員会から日本側への要望や日本軍の非行告発などの窓口は、
当時外交官補佐の福田篤泰(ふくだとくやす)氏であった。

福田氏はのちに吉田首相の秘書官をつとめ、代議士となり、防衛庁長官、
行政管理庁長官、郵政大臣を歴任した信望ある政治家で、
筆者ともに昵墾(じっこん)の間柄である(東京・千代田区在住)。

福田氏は当時を回顧してこう語っている。
「当時ぼくは役目がら毎日のように、
外人が組織した国際委員会の事務所へ出かけた。
出かけてみると、中国の青年が次から次へと駆け込んでくる。

「いまどこどこで日本の兵隊が15、6の女の子を輪姦している」。
あるいは「太平路何号で日本軍が集団で押し入り物を奪っている」等々。

その訴えをマギー神父とかフイッチなど3、4人が、
ぼくの目の前で、どんどんタイプしているのだ。

『ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずに
それをタイプして抗議されても困る。』と幾度も注意した。
時には彼らをつれて強姦や掠奪の現場に駆けつけて見ると、何もない。
住んでいる者もいない。そんな形跡もない。そういうことも幾度かあった。


ある朝、アメリカの副領事館から私に抗議があった。
「下関(シャーカン)にある米国所有の木材を、
日本軍がトラックで盗み出しているという情報が入った。
何とかしてくれ」という。

それはいかん、君も立ち会え!というので、司令部に電話して、
本郷(忠夫)参謀にも同行をお願いし、
副領事と3人で、雪の降る中を下関へ駆けつけた。

朝の9時頃である。

現場についてみると、人っ子一人もおらず、
倉庫はカギがかかっており、盗難の形跡もない。

「困るね、こんなことでは!」とぼくもきびしく注意したが、
とにかく、こんな訴えが、連日山のように来た。

テインパーリーの例の『中国における日本軍の暴虐』の原資料は、
フイッチかマギーかが現場を見ずにタイプして
上海に送稿した報告があらかただと僕は思っている」。

ちなみに、国際委員会書記長スミス博士も、
「ここに記された事件(日本軍非行425件)は検証したものではない」
と述べている。

前記したように、この61通の書簡の中に日本軍の非行行為425件が
記録されており、
この文章は、ティンパーリーの
『戦争とは何か=中国における日本軍の暴虐』と、
徐淑希の『南京安全区當案』に分けておさめられている。

福田氏は現地で、実際に中国人や国際委員会の抗議を吟味して
その内容の多くがでたらめであることを知っているが、
毎回続々と送られてくる日本軍の暴行に対する国際委員会の抗議を
受け取った当時の外務相東亜局の驚きはどんなであったか。

東亜局長石射猪太郎氏は、回顧録『外交官の一生』(読売新聞社出版部)
の中で次のように書いている。
昭和13年1月6日の日記にいう。

上海から来信、南京に於ける我軍の暴状を詳報し来る。
掠奪、強姦目もあてられぬ惨状とある。嗚呼これが皇軍か。
日本国民民心の頽廃(たいはい)であろう。大きな社会問題だ。
(中略)
これが聖戦と呼ばれ皇軍と呼ばれるものの姿であった。
私はその当時からこの事件を南京アトロシティと呼びならわしていた
(前掲同書305~6ページ)。

この文章は虐殺派がよく利用する。

石射氏がこのようなでたらめ抗議を信用し、
軍に反感を抱くにいたったには、それなりの原因がある。

昭和12年12月14日(南京占領の翌日)に開かれた「大本営連絡会議」で、
軍と激突し、次のように憤激している。

「こうなれば案文などどうでもよし、日本は行く処まで行って、
行き詰まらねば駄目と見切りをつける(同日の『日記』より)。
私はむしろサバサバした気持ちになり、反逆的な快味さえ感じた」
(前掲同書300~303ページ)。

このように「反逆的快味」すら感じていた石射氏にとって、
南京における陸軍の失敗は反撃のチャンスでありザマミロということになる。

「南京アトロシティー」は石射氏にとって
陸軍を攻撃する格好の材料であったのだ。

石射氏の陸軍に対する憎しみは反日的情念にまで結びついた感がある。

なにしろ、石射氏のこの回顧録を見ると、始めから終わりまで、
日本と中国の関係を「日中」ではなくて「中日」と記述しているのである。
すなわち中国を主として、日本を従とする思考様式である。

日本国天皇からもらった勲章には「愛想をつかしていた」(同459ページ)
が、
中国からもらった勲章は「光栄とし愉快とする」(同460ページ)
などと臆面もなく書いている。

このような人物が当時の日本外務省の東亜局長だったのである。

脇道にそれたが、最近、一橋大学教授藤原彰氏が
「南京大虐殺」(岩波ブックレット)という本を書いているが、
その論拠に石射氏の回顧録を何よりの証拠としているので、
あえて石射氏の思想的背景を紹介した次第である。

さて、国際委員会が抗議した425件の日本軍非行の中には、
非行でも何でもない事件もあり、
前述のように伝聞、噂話、憶測が大部分であるが、
これらをすべてクロとみて分類すると次の通りである。

殺人 49件
傷害 44件
強姦 361件 (多数3件 数名6件)
連行 390件 (多数1件 数名2件)
掠奪その他 170件

大虐殺などどこにも見られないのである。

ともあれ左記の数字が、12月13日(占領日)から2月9日までの
約2ヶ月間にわたる南京における日本軍非行を記録した
国際委員会の総トータルである。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

ゆ○氏のサイトを、よーく読むと、どれも「決め付けた推測」が多いのだが、
下記URLの「福田篤泰氏の証言」についても同様の事がいえる。
http://bit.ly/ThJWat

(1)ページ目は、たとえば、

『福田証言1 「一億人の昭和史」版 1979年』
の内容と
『福田証言5 田中正明氏「総括」版 2001年』
の内容を比較しているが、どちらも、たいして内容は変わらない。

それに、『福田証言1 「一億人の昭和史」版 1979年』の、

>残虐行為の現場は見ていないが、
>私はあれだけ言われる以上、残念ながら相当あったと思う。

自分では実際には見ていないが、相手が、あれだけ言うなら、
相当あったと思う、とか勝手な想像をしているだけだ。

>ただ、各国の大使館はかなり荒らされていて、これには困った。

だれが荒らしたのか? 中国兵の可能性もある。

>軍のなかには、強姦している兵隊を見つけて、
>軍刀が曲がるほど殴りつけた参謀もあったというが、

これも「あったらしい」という「うわさ」を聞いたような話で、
何人なのか、どういう状況だったのか、まったくわからない。

>「殺せ、焼け」と言った師団長がいたという話を、
>中国人や参謀の一人から聞きもした。

これも人から聞いた話で、
しかも中国人の話も入ってるから信憑性が低いと言わざるを得ない。

(2)ページ目も、

「一億人の昭和史版」も「板倉正明氏版」も「田中正明氏版」も、
たいして内容は変わらない。
要約すると、ウソの通報が多く、
国際委員会は、それを調べもせずに記録していたから、注意したり、
実際に現場に行ったりしたら何もなかったこともあるという話である。

>「国際委員会文書」には、外国人が福田氏とともに現場を見に行った、
>という記録は、私が調べる限りでは存在しません。

はっきり言って国際委員会は基本的に反日だったからね。

ゆ○氏は ↓

>「いま、・・・少女が五人の日本兵に強姦されている」
>と訴えが来たのであれば、
>のんびりとタイプを打っている場合ではありません。
>福田氏に言われるまでもなく、
>何を差し置いても、現場に駆けつけるはずです。

と言うが、だから ↓

>よく調べもせず片っ端からタイプしているのを見て怒ったことがある。
>略奪中というので、参議を連れて現場に急行したが、
>全くその気配もなかったことがある。この時はアメリカ領事が陳謝した。

となっているのだ。

ゆ○氏が紹介している「極東軍事裁判 スマイス宣誓口供書」に、

>私は事件の顛末を書き上げ大使館に届けられる前に
>それが果して正確か否かを検討するのに出来るだけの努力を払ひました。

と書かれているが、
【反日】国際委員会が日本に抗議した425件すべてが真実だとしても、

殺人 49件
傷害 44件
強姦 361件 (多数3件 数名6件)
連行 390件 (多数1件 数名2件)
掠奪その他 170件

である。どこが「大虐殺」なのか?

>福田証言をいくら見ても、「国際委員会報告」の実際の報告内容の誤りを
>具体的に指摘したものはありません

と言うが、じゃあ、国際委員会が示す史料を提示してもらいたい。
本当に細かな検証をして証拠が揃っているのだろうか?

『ティンパーリ「戦争とは何か」』から引用してる部分も、

>報告の大半はいずれもおそらく真実であろうが、
>その大部分のものは即座に証明することができないために保留された。

これも「決め付けた推測」にすぎない。

ゆ○氏↓

>福田氏がフィッチらを連れて現場検証を行ったという証言は、
>不自然さが感じられ、信頼性に欠ける。

なんで? 本当かもしれないじゃないか!

>福田氏が、国際委員会事務所で事件をタイプしている現場を見たことは
>おそらく事実だろうが、国際委員会が中国人の報告をそのまま鵜呑みにして
>日本大使館への抗議に使った、というのは誤りであると思われる。

なんで? 本当かもしれないじゃないか!

(3)ページは

「ティンパレーが結婚のために出国した」
と、
「クレーガーが結婚のために南京を出た」
を間違えたからといって、なぜ、

>「ティンパレー」が「このとき持ち出した資料」云々に、
>意味はなくなります。

となるのか?

ティンパレーが、持ち出した資料をもとに
『中国における日本軍の残虐行為』を書いた事は別のことだ。

『福田篤秦氏の証言「一億人の昭和史」版より(2)』について、ゆう氏は、

>「戦争とは何か」全体が「フィッチがマギーかが現場を見ずにタイプして
>上海に送稿した報告」からできているように誤読されます。

と書いているが、

>ティンパレーの原資料は、
>フィッチが現場を見ずにタイプした報告と考えられる。

と、「ティンパレーの原資料は」と明快に書かれているのに、何なのか?
ゆ○氏自身も指摘しているのだが?
なぜか「苦しいながらも」とか付けているが(笑)

特に(3)ページは意味がない。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

「虐殺あった」資料への反論
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-609.html
いわゆる南京大虐殺・URL図書室
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-518.html
2008/09/27 09:09|年表リンク用資料
Copyright(C) 2006 正統史観年表 All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.