正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観=完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=固定観念=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=戦う人は悪い人=軍民分割統治=団結させない個人主義の洗脳を解き、誇りある歴史を取り戻そう!

ホーム 全記事一覧 << ウソの報告を信じた政府や軍の高官たち 「虐殺あった」資料への反論 >>
言語としての日本語、そして外国語との比較。

以下、ブログ『株式日記と経済展望』の記事
「英語は侵略者の言葉であり語調は高圧的な命令口調に適している。」
のコメント欄の「Unknown(名前未記入)さん 2009-10-25 21:12:42」
と「オルフォーさん 2009-10-26 15:09:17」の投稿より転載
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/7699282b58ee05f554574c7df2c760a6

―――――――――――――――――

言語としての日本語、そして外国語との比較。

【使用人口などの予備知識】

◆世界人口は約60億人で、6703の言語が存在。

その中で使用者が1億人を越す言語は、
1.中国語、2.英語、3.ヒンズー語、
4.ロシア語、5.スペイン語、6.日本語だけ。

◆この6つを含むトップ20の言語の使用人口だけで
全世界の総人口の半数を超える。

つまり「トップ20言語」と「残り6683言語」の使用人口は、前者の方が多い。

◆ブログの言語別使用人口では日本語が1位。2位が英語。

【日本語の特徴】

◆2種類の文字が完全に並存→文字表現の幅広さ。

日本語は、表音文字と表意文字を両方持ち、
それぞれが個別でなく混在併用が可能。

この世界的にも珍しい特徴により、
他言語を表意・表音で日本語化できるため、
他言語に類を見ないほど異言語からの高い翻訳精度を実現。

元言語の文意を、ほぼ同意に自国語に翻訳することは、
どの言語でも可能なことではない。

また、日本語単体で使用する場合にも応用範囲と柔軟性に優れ、
似たような意味内容の文章であっても、
わずかなニュアンスの含意をかなりの幅で表現できる。

◆高品質な翻訳→自国語だけで先端知識を学習可能。

西洋や東洋の言語を漢字の単語や熟語、カタカナ等の
日本語に置き換えるという積極的な“言語の格闘”を経たことで、
日本語には外国語も自在に吸収できるという世界の言語の中でもユニークな
「国際派言語」としての特徴がある。

カナと漢字の混在により外国語を高い精度で消化吸収できるため、
日本語の翻訳があれば基本的に最先端の知識まで
日本語だけで理解することが可能で、
それによって自国語しか学ばない人にも
比較的高い水準の学習や考察を可能にしている。

これは世界の言語の中でもごく一部の言語のみが持つ特性で、
多くの言語では「ある言語(主に英語)からの適切な翻訳」が
語彙的にも不可能な場合の方が多い。

自国語の学問だけで最先端の研究を行い、
たとえばノーベル賞を受賞する水準まで理解と創造を可能にする言語は、
世界的には実は多くない。

ちなみに中国も近代化の過程で西洋の知識や概念や思想を
取り入れる手段として「日本語に訳した西洋語」を用いた。
現代中国語にも多くの日本語が残っている。

◆書籍の豊富さ、有用性。

日本人は自覚がないが、日本は読書大国であり、
書籍大国なので、他国に比して豊富な書籍を持っている。

また日本は翻訳大国なので日本語ができればあらゆる国の
あらゆる書物が読むことができる。

これは英語も同様で、翻訳書籍が多く、
学ぶことでの益の大きな言語のひとつ。

ただし、英語に翻訳された書籍の中に日本語の書籍は「多い」と言っても
限度があるので、日本自体に興味のある外国人は、
英語でなく(または英語に加え)日本語を学ぶ動機にしている。

◆言語としての歴史が古く、一般庶民への普及の歴史も古い。

日本語は、発展をはじめた時代が早かった。
江戸時代には、もはや“庶民”までが
文学をものにすることが可能なほどで、
近代の初めには、その時代の非西洋国では類例の少ない
「学問を自国語で行える水準」に達していた。

ちなみに江戸時代と同時期、識字率(読み書きできる人の人口比)が
低かった国は中国や韓国だけでなく、
パリで約10%未満、ロンドンでも約20%に過ぎなかった。

これに対して江戸は、なんとその頃で既に約70%以上の識字率だった。
これは小さな分母の中に生まれた特異的な比率ではない。
1801年当時“ヨーロッパで最大の都市”は
人口は約85万人のロンドンだったが、
江戸はゆうに100万人を超える“世界最大の都市”だった。
その最大の都市において70%以上が
読み書きできていたという驚異的な差があったのである。

このように識字率が高く、言語の裾野が広いことが、
日本を文化的、経済的に早い段階での発展へと導く理由のひとつとなった。

◆言語としての連続性も維持している。

日本は、島国であったことや、
古代から中世で他国との戦争に負けたことがなかったことに加え、
既に述べたように読み書きが、古く、広く、普及していたおかげもあって、
日本語は言語としての連続性が途切れることがなかった。

他国では、少数の貴族や上流階級だけが
読み書きを行っていた例も多かったため、
国家の規模や文化が関係国と比して弱くなった場合や、
端的には愛国心が弱まった時代など影響、
他国語の流入や戦争などのきっかけによって
連続性を保てなくなることがあった。

そうした場合、ある言語が消滅したり、
代わりにその国に他国語が定着し、母語化する。
そういった国の場合、数百年前の自国の文字を
解読することにも大変な苦労を伴うことになる。

一方、日本語の場合、その歴史に連続性があるため、
“千年前の文字”でも比較的容易に解読可能である。

この、過去との文化的な断絶が少ないことが、
そういった連続性のない国と比して、過剰な愛国心を煽ることなく
民族的なアイデンティティや共通認識を形成できる“以心伝心”の文化と
国民性を自然に醸成する一助となった。

◆言語としての習得が難しい。

表意文字の漢字と表音文字のひらがなカタカナを駆使する日本語は
世界で最も複雑な表記方法を用いる言語の一つである。
使用上の利便性においては恵まれているといえるが、
反面、漢字・ひらがな・カタカナの並存に加えて、
夥しい数の同音異義語・類義語があることなどもあいまって
言語としての習得は日本人にも難しい。
当然、外国人にはなおのこと難しく、普及させるには不便な言語でもある。

だがこれは、反面において、「国防意識の欠如した現代日本」においては、
外国からのスパイ活動を最小限に抑える天然の障壁となっている。
日本語を母語とする人であれば、かなりの高確率で、
音声だけで相手が外国人であることを判別できる。

これは、「仮に日本語を10年間学んだ外国人」であっても、
ネイティブの日本人と同等の日本語能力・発音・TPOに応じた使い分け等、
ニュアンスの機微まで習得できる例がごく稀であるためだ。

◆発音が簡単。

日本語は『発音が世界でも最も単純な言語』の一つ。
日本語のすべての音は、
単純明快な規則性をもった5つの母音と9つの子音によって表現できる。
中間音などの半端な音で誤解が生じる可能性が低い。
完全に使いこなすことが難しい反面、
外国人がカタコトで日本語を喋ったとしても、
日本人はそれをほぼ正確に理解できるという側面を持つ。

◆漢字の利便性。

漢字は、日本や中国などの漢字使用者にとっては、
偏やつくりにより意義を類推しやすく、
初見の文字や熟語も理解したり発音できる場合が多い。

また、文字数に内包される意は英語などとは比すべくもなく多く、
少ない文字数でより多くの意味を伝達できるため、
読書や学習のみならず記述など、
入出力の両面において情報伝達の効率が非常に高い。

◆独自の文字。

欧米人の使うアルファベットという文字が
フェニキア人の文字であるように「独自の文字」を持つ言語は少ない。

日本語の場合、中国からの輸入した漢字に加え、
漢字を略すことで日本人が発明した独自の表音文字であるカタカナやひらがな
を持っている。その独自の表音文字と輸入された表意文字である漢字が、
互いの文字を駆逐することなく、千年以上もの歴史を経ても
完全に共存し続けている表記方法は世界的にみてもユニークである。

◆使用者の多さ。

使用者が1億人を越す言語は世界に6つしかないが、その中のひとつが日本語。
(※残り5つは、中国語、英語、ヒンズー語、ロシア語、スペイン語)

また、使用者の多さで「トップ20の言語」と「残り6683言語」の使用人口は、
前者の方が多い。

つまり、世界中のほとんどの言語(6683言語)は
ごく少数しか使われていないのに対し、
日本語は世界的にはかなり多くを占めているといえる。

また、全世界のブログの言語別使用人口では日本語が最も多い。
(※2番目は英語)
この、使用者が多いという日本語のスケールメリットは、
日本語の書籍が日本国内だけで商売が成立する一つの要因になっている。
大量の書籍などによって情報の蓄積が
日本語で行われることで日本の情報の水準を底堅くしている。

◆早期に欧米の概念を翻訳→漢字圏に伝達。

日本は早くから欧米の概念を、
漢字の元の意味を無視した自由な発想で翻訳した。

一方、中国は漢字の元の意味に拘泥したため
日本のようには西洋概念の翻訳が根付かなかった。

代わりに中国や韓国は日本語翻訳を西洋を学ぶのに利用したため
現代中国語・現代韓国語などにも
日本で作られた単語が今も数多く残っている。

(※ちなみに韓国は今でも外国文学の翻訳を、
日本語訳の書籍から行う場合が多い。これはあらゆる面で、
外国語からの翻訳より日本語からの翻訳の方が楽だから)

◆自国語で完結することによるメリット。

日本は、国内ではほぼ日本語だけで成立している。
また、その状態で世界有数の経済大国になることに成功した。

そのため日本人にとって真の意味では外国語は必要ではなく、
必要が生じてもカタカナで表音化してしまうために
外国語が使用言語としてはほとんど普及しない。

その国の多数派言語は少数派言語を駆逐するため、
アイルランドやケルトは言語の死滅を招き、その文化をも死滅させた。

だが、日本国内における「日本語による完結」は期せずして
そうした国外からの文化侵略に対する防護壁となっている。

【英語教育について】

◆英語を公用語化するような方向に進んでも、
その国は絶対に『二言語化』しない。

なぜなら2つの言語は絶対に対等にならず、
多数言語は少数言語を駆逐するから。

アイルランドやケルトにみるように、
一方の言語が支配層のものになり多数派になった時、
被支配層の言語は弱体化し続け、文化を道連れにして消滅している。

◆国際化とは、英語への一元化ではない。
多数の言語と文化は複合的に共生すべきであって、それらに優劣をつけて、
優位にある言語への一元化などすべきではない。
それは国際化の真の意味とは逆。

◆日本人が英語が不得手な理由として、
英語教育の不備については多く語られているので省略するが、
もう一つ大きな理由がある。

それは「多くの日本人にとって」不要だからである。
日本は、日本海や太平洋に囲まれた島国であり、
陸地において他国と隣接していない上に、
経済規模が単独でEUの総計に匹敵する水準にあるため、
他国語を使わなくとも日本人のほとんどが経済上の不利益を被ることなく
一生を終えることができる。

日本において海外への『出稼ぎ』がほとんど存在しないのは、
日本で働くほうが経済的要求を充足させるための効率が良いからであり、
また、「海外での起業」をしても、顧客の経済水準を考えれば、
よほどの成功例を除いて日本国内で働くほうが
有利な結果をもたらすことのほうが多い。

実用言語というのは多くの場合「必要」があって初めて身に付くものであり、
日本では一部の者にしか英語を学ぶ本当の意味での「必要」に迫られることが
ないため、日本人は英語を習得しにくい。
端的にいえば、「日本国内では、英語習得の社会的動機が弱いこと」
がその理由であるといえる。

◆別に全ての日本人が英語を学ぶ必要はない。
中国語やロシア語と同様に、
それぞれのスペシャリストがやればいいだけである。
「英語だけは小学生からの必修にすべき」などという考えは愚かだ。

◆インターネット上で日本語が多いのは防諜や工作障壁の意味でも好都合。
もし英語だらけになればネットまで
外国によって世論工作に利用されやすくなる。

日本語利用者は、日本人が圧倒的に多く、
多少学んだ程度では文語の日本語は正確に使いこなせないほど難解なため、
外国人にはネット上の文字だけで日本人を装うことが非常に難しい。

◆アメリカ英語を最重視するのはアメリカ覇権による幻想。

実際、英語を「母語として」話す人口は、
日本人の持つイメージより遥かに少なく、
スペイン語にも劣るたった3億人しかいない。

◆日本人が世界中から不利なルールを押し付けられがちなのは、
自分でルールを作る発想と気概がないため。
真の国際化とは、外国語の輸入ではなく、
自国語の輸出によって達成される。むしろ母国語を大切にすべきだ。

【結論】

・言語の消滅は、文化を道連れにして消滅させるだけでなく、国力も奪う。

・外国語は、それを必要とする職種の者が、
「特殊技能として」習得すれば足りる。

・日本語の優位性を認識し、日本語を守ることのメリットを理解すべし。

―――――――――――――――――

【日本語には道徳律が組み込まれている】

それからもうひとつ重要なことは、
日本語には道徳律が組み込まれていることです。
敬語、謙譲語、丁寧語といったもの、
さらには間接受け身、迷惑受け身といったものまであります。
こうしたシステムは、私たちの祖先が、
気の遠くなるほど長い時間をかけて作り上げたもので、
人の社会をスムーズに動かすために工夫した知恵の集大成です。

英語にも敬語や丁寧語はありますが、
日本語ほど複雑ではありません。
なぜならばキリスト教がその役割を果たしているからです。
聖書を読んだり、教会に行って牧師の説教を聴いたりするうちに、
子供たちはすこしずつ道徳を学ぶ。
日本の子供たちは聖書も読まず、教会にも行かない。
それでもアメリカの子供たちと比べて見劣りしないほど、
素直で礼儀正しい子供が育つ、最近はそうでもありませんが、
言葉そのものに道徳律が組み込まれているからです。

日教組の教師たちは敬語や丁寧語は時代遅れだとみなしました。
差別はよくないと考えた。
その結果、敬語が使えない子供が育ったのはよいにしても、
少年犯罪が増えたり、振り込め詐欺が増えたりしました。
日本語そのものに、社会をスムーズに動かす知恵が組み込まれている。
このことを忘れると、社会がぎくしゃくします。

外国人参政権がよくないのも同様で、
まずは日本語をしっかり学んでもらう必要がある。
日本は、言葉の役割が道徳律まで及んでいる特殊な国です。

しかし言語学者は宗教学者ではありませんから、
日本語の特殊性にあまり気づいていません。
なぜ主語を省略するのか、源氏物語には主語がありません。
イングランドがバイキングに苦しんでいた時代に、
敬語の違いで主語を推測できるような文学が書かれます。
しかもその書き手は女性です。
欧州最初の女性作家はヒルデガルト・フォン・ビンゲンですが、
彼女の著作は宗教書であり、世俗の小説ではありません。
日本がいかに特殊か、いかに道徳律が進化した国であるかは、
この一例でもわかります。
ちなみに中国や韓国に女性作家が登場するのはいつでしょうか。
あまり聞きませんね。

中国や韓国の場合は儒教、中東の場合はイスラム教、
ラテンアメリカはカトリック、イスラエルはユダヤ教、
宗教で縛らずに社会が動いてきた国は日本しかありません。
ソ連や東欧は宗教を排除しようとしましたが、
勝利したのはカトリックやロシア正教でした。
宗教に代わるシステムが言葉そのものに組み込まれているからこそ、
お盆もクリスマスも正月も共存できるのです。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

国際派日本人養成講座「国際派日本人にお勧めの英語勉強法 2016.1.17」
http://blog.jog-net.jp/201601/article_3.html

「英語ができなければダメ」という強迫観念から、まず抜けだそう。

■転送歓迎■ H28.01.17 ■ 44,651 Copies ■ 4,130,013Views■

■1.マイクロソフト日本の取締役でも「英語はほとんど話せなかった」

マイクロソフト日本法人の取締役を務めていた成毛眞(なるけ・まこと)氏が
『日本人の9割に英語はいらない』という
面白いタイトルの本を出しているので、
国際派日本人に参考になるかと思って読んでみた。
「はじめに」から意表をつくスタートだ。

―――――――――――――――――
ご存知の方も多いと思うが、
私は以前マイクロソフト日本法人の取締役を務めていた。
入社した当時は、外資系の企業自体、日本ではまだ珍しかった時代である。
さぞかし英語が堪能だったのだろうと思われるかもしれなぃが、
実は、英語はほとんど話せなかった。マイクロソフトに入り、
シアトルに出張するようになってから覚えたのである。
―――――――――――――――――

マイクロソフト日本法人で英語ができないのは、成毛氏ばかりではない。

―――――――――――――――――
外資系企業の社員は全員英語ができる。
英語がしゃべれなければ外資系企業で働くことはできない。
多くの人がこう思っているようだが、これは間違いである。
外資系で本当の英語力が求められるのは、本社の上層部と直接やりとり
をする経営陣で、全社員の割合からすればせいぜい3%である。

私がいたマイクロソフトでも、部長クラスまではみな英語が下手だった。
本部長をやっている人間が「いやあ、英語に関してはヘレン・ケラーですよ」
とよく言っていたほどである。
謙遜などではなく、彼は本当に英語を話せなかった。

だが、彼は英語を話せなくても出世できたし、
クビを切られることもなかった。
―――――――――――――――――

■2.「英語は下手でも、仕事ができればいい」

楽天やユニクロの持ち株会社ファーストリテイリングでは、
社内の公用語を英語にしたと聞くが、一方で外資系の日本法人が
逆に部長以下はみな英語が下手だった、とはどうしたわけか。
成毛氏は、こんな種明かしをしている。

―――――――――――――――――
なぜなら、外資系の企業であっても、
日本の支店は日本人を相手に商売をするからである。
シアトルの本社からすれば、彼に求めているのは英語力ではなく、
日本人に商品をうまく売り込む能力である。
英語は下手でも、仕事ができればいい。
実にシンプルかつ合理的な考えである。
―――――――――――――――――

アメリカの経営陣から見れば、日本人社員は日本人の顧客相手に
うまく商品を売ってくれれば良いのであって、
英語ができなくともコミュニケーションが必要とあれば、通訳を使えば良い。
ビジネスでつっこんだ議論をするには、生半可な英語力ではダメで、
それなら商売の実力さえあれば、
あとは通訳を通じて議論した方が速いし正確だ。

楽天社員と覚しき人がツイッターで
「『重要なことなので日本語で失礼します』という言葉が流行ってきた」
とつぶやいて話題になったが、
海外でのビジネス経験のある人なら、さもありなんと思うだろう。

平成26(2012)年卒の学生を対象に行った
就職希望企業人気ランキングによると、
楽天は前回57位から227位、
ファーストリテイリングは前回63位から262位に急落したそうだ。
英語に自信のない学生が敬遠したのか、
あるいは英語公用化などと打ち上げる経営者の見識を疑ったのか。
いずれにせよ優秀な学生から見離されたという、残念な結果である。

■3.本当の英語力が必要なのは日本人の数%

「日本人の9割に英語はいらない」という成毛氏の主張は、
以下の計算に基づく。万人単位で丸めて紹介すると:

まず、3ヶ月以上外国に長期滞在している人数は、
この20年の平均で約57万人。
平均滞在期間を4年として、人生80年のうち4年間、
すなわち人生の1/20の期間を海外で過ごす人が
常に約57万人いるとすると、日本人全体で一生のうち
4年ほど海外で滞在する人はその20倍、11百万人ほどだ。

これに外資系企業の雇用者数約1百万人と、ホテルやレストラン、
交通機関などで訪日外国人にサービスする人口を1百万人と仮定すると、
合計13百万人。日本の総人口の約1割となる、という計算だ。

逆に言えば、日本人の9割は外国に長期滞在もしないし、
外資系に勤めたりも、ホテル・交通機関などで外国人にサービスもしない、
実生活ではほとんど英語を使う必要はないという事になる。

しかし、この1割にしても、
本当の英語力が必要かと言うと、大いに疑問がある。
現実には外資系企業に勤めていても、
マイクロソフトのように97%は本当の英語力は不要であったり、
レストランやホテルでも使うのは
「ご注文は何にしますか」などと限られた表現だけだ。

海外長期滞在と言っても、英語などまったく通じない国もあるので、
全ての人が英語が必要なわけではない。
こう考えると、議論や交渉、知的会話などができるレベルの英語力が
必要なのは、数%台しかいない、と言えるのではないか。

■4.自国語で大学教育までできる国は珍しい

しかし、国民のうち英語が必要なのはせいぜい数%しかいない、
という日本の状況は世界でも珍しい。

たとえば、英語の話せるインド人は9千万人に上ると言われている。
総人口が12.5億人なので、それでも7%台だが、国際会議や交渉の場で、
インド人があの変わった抑揚の英語でリードしている場面にはよく出くわす。

―――――――――――――――――
・・・インド人が、日本の大学では
日本語で授業が行われていると知ると、驚くのだという。
日本人の英語力の低さに驚いているのではない。
日本人が母国語で自然科学や社会科学といった
高度な学問を学べることに驚くのである。
―――――――――――――――――

インドの大学では英語で授業が行われる。
これは500万人以上の話者を持つ言語が26もあるという多言語国家で、
英語が準公用語となっている事と、大学の教科書は英語で揃っているので、
そのまま使った方が効率的だと、という事情がある。

そもそも世界で、自国語で大学まで学べるという国はそれほど多くない。
ヨーロッパでもドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語
などの大言語を除けば、デンマーク語とかアイルランド語とかチェコ語
といった話者の少ない言語の国では
大学の教科書のような少人数向けの本は出版できないからである。

もう一つは、大学で使う高度な近代的概念用語を揃えた言語も
それほど多くない。
たとえば「中華人民共和国憲法」とか「北朝鮮人民民主主義共和国」
などでの「人民」「共和国」「憲法」「民主主義」などは、
日本の明治の先達が漢字にした概念用語を直輸入して使っているだけだ。

輸入品だから、いつまでも憲法や民主主義などが根づかないのだろうと
皮肉の一つも言いたい所だが、逆に日本から輸入した概念用語がなければ、
中国語や朝鮮語では大学教科書は作れなかったか、
作れても何十年も遅れたであろう。

自国語で大学教育ができるというのは、
それだけその言語の人口規模が大きいことと、
その言語が高度な近代的概念用語を揃えているという必要がある、
ということである。
そういう言語は世界でも10指に満たないであろう。
我が国はそれだけ恵まれた環境にあるのである。

■5.「英語ができないのは、幸福な国の証」

英語力のグローバルなテスト、
TOEIC(Test Of English for International Communication)
の2010年の平均点で、日本はアジアの30カ国中27位と低迷している。
しかし、アジアの上位5位を見るとシンガポール、
インド、マレーシア、パキスタン、フィリピンとなっている。

この5カ国の共通点はイギリスやアメリカなど
英語国の植民地になっていたことだ。
これらの国では前節で述べたように、
大学教育は英語で受けるというばかりでなく、
今でも旧宗主国が政治、経済、文化的な影響力を持っている。
だから英米に留学したり、移住したり、英米企業の現地法人に勤めたり、
という事で、英語を使わざるを得ないシーンが多い。

こういう国々では、英語ができない人はエリートとして扱われない。
英語ができなければ、生涯大きなハンディを背負うので、
必死に勉強しなければならない。日本人がいつ使うか分からないけど、
とりあえず勉強しておこう、などと言うのとは、切実さが違う。

―――――――――――――――――
自国の産業を持ち、国民がみな一定の生活レベルを保っている日本では、
海外に飛び出さなくても自国で幸せに生きていける。
英語ができないのは、幸福な国の証でもあるのではないだろうか。
―――――――――――――――――

■6.海外で仕事をするのに必要な能力は

そうは言っても、仕事上、英語が必要な数%の人もいる。
そういう人はどうしたらよいのだろうか。
私の知人のAさんは、日本の自動車部品会社のアメリカ現地法人の
社長をしているが、日本から派遣された駐在員に関して、
次のような事情を語ってくれた。

―――――――――――――――――
日本からの駐在員で、TOEICで400点未満でも、
明るくどんどんアメリカ人の中に飛び込んでいくような人は
周囲と良いチームワークを作っている。仕事での会話と言っても、
決まった専門用語と、中学レベルの文法と基本表現を知っていれば、
だいたい間に合う。

一番すごい人は、中卒ながら日本の現場で職長をやっていた人で、
アメリカの工場でも、専門用語を並べるだけで、作業者をアゴで使っていた。
それでも、一人一人を一生懸命育てようとしていて、その姿勢は
アメリカ人にもすぐ伝わるので、皆、彼の言うことをよく聴いていた。
―――――――――――――――――

海外での仕事に必要なのは、1に専門能力、2に誠実さ・真剣さなどの人格、
3にコミュニケーション能力だ。
英語力は三番目のコミュニケーションの一部に過ぎない。

■7.英語をマスターするのに2千時間は必要

アメリカの外務職員局の調査によると、アメリカ人がフランス語、
スペイン語など欧米圏の言語をマスターするには約600時間で済むが、
日本語や中国語、アラビア語などは難しく22百時間が必要だとしている。

日本人が英語をマスターするのも2千時間ほど必要と言われており、
特に日本人が語学下手という訳ではない。
単に日本語と英語はそれほど異なった言語だ、という事だ。

中学から高校までで1300時間こなしているが、
間延びして6年間もかけているから、実質500時間ほど。
残り1500時間を社会人になってからやろうとすると大変だ。

仕事を持つ社会人なら、
せいぜい週2時間も英語学習に使えれば立派なものだが、
それでは750週、14年もかかってしまう。
こういうペースでは、日本で仕事をしながら英語を流暢に話せるレベルに
到達するのは、ほとんど不可能だと考えた方が良い。

成毛氏は日本人の社会人が、目的も必要性も不明確なまま、
英語の勉強をするよりは、学問や読書をする事を勧めている。
確かに、1500時間もあれば、1冊3時間としても、
500冊は本を読める勘定になる。
どんな分野でも、500冊も本を読めば専門家のレベルに達するだろう。
その一部で古典を繰り返し読めば、人格も磨ける。

科学技術や法律、経済に限らず、ドイツ哲学だろうが英米文学だろうが、
日本では日本人による著書や、世界の名著良書の邦訳が揃っている、
という日本人だけが享受できる幸福を活用すべきた。

そうして身につけた業務能力と人格は、国内でもそのまま役に立つし、
海外に駐在になっても便りにされる。
英語は、現地に行ってから泥縄で練習すればよいのである。

現地でなら集中的に英語を使いながら習得できるし、
現地の真剣勝負の中で必要性がはっきりしてから身につけた方が効率的だ。
Aさんの言うように、専門能力と人格が身についていれば、
英語は即席でも仕事はできる。

■8.国際派日本人にお勧めの英語勉強法

弊誌で今まで英語教育を扱ってきた号ともあわせて、
年代別の英語勉強法をまとめると、以下のようになる。

・小学校まで:幼児に英語を教えるのは百害あって一利なしであるから、
まずは国語をきちんと教えて、言語能力、論理的思考能力を鍛える。
英語塾に通わせるよりも、論語の素読や日本語の名文を
暗唱する塾に入れて日本人としての背骨を鍛えるべきだ。

・学生時代:中学、高校では文法中心の英語をしっかり勉強する。
英文法と知的に格闘することで、国語の力も磨かれる。
大学に入って、将来、英語が必要な数%になる志があるなら、
その文法力の上で、英米人の英語ではなく国際コミュニケーション用の
英語(イングリック)を学ぶ。

・社会人:英語を勉強する暇があったら、自分の専門分野の勉強をするか、
日本の古典や歴史を学ぶ。
もし、本当に英語が必要な数%となったら、現地で泥縄の勉強をすれば良い。

これによって専門能力と日本人としての品格を持って、
国際的な舞台でも流暢ではないが論理的な英語で
きちんと自己主張ができる国際派日本人になれるだろう。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

国際派日本人養成講座「なんで英語やるの? H13.02.04」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h13/jog175.html

英語を第2公用語とし、30%もの日本人を
バイリンガルにする必要はどこにあるのか?

■1.英語公用語論!?■

すでに国際化の進行とともに、英語が国際的汎用語化してきたが、
インターネット・グローバリゼーションはその流れを加速した。
英語が事実上世界の共通言語である以上、
日本国内でもそれに慣れる他はない。第二公用語にはしないまでも
第二の実用語の地位を与えて、日常的に併用すべきである。

平成12年1月18日に、小渕前首相に提出された
「21世紀日本の構想」懇談会の最終報告書の一節である。
「第二公用語」という表現が論議を呼んだ。

朝日新聞コラムニストの船橋洋一氏による「あえて英語公用語論」[2]は、
懇談会メンバーの一員として、
報告書よりも具体的・積極的な公用語論を展開している。
鈴木孝夫・慶応大学名誉教授による「英語はいらない!?」は、
社会言語学の専門家としての立場から、
安易な公用語論に警鐘をならしている。

国際派日本人を目指す本講座読者としても、
この議論は大いに関心のある所だろう。
これからの日本人が英語にどう向かうべきか、考えてみたい。

■2.言力政治■

まず両書で共通するのは、政治家や官僚、大学教授、企業人など、
国際社会で活躍すべき人々の間で、英語力が不十分であり、
それがわが国の国益を大きく損なっている、という問題認識である。

その昔、ある財務官がG5(JOG注:米英日など主要5カ国)の会議での
英語のやりとりについていけず、ある日本の電機メーカーに依頼して、
アタッシュ・ケースの中に隠しテープレコーダー装置をつくった。
ある時、それが発覚して問題になりかけた。

笑うに笑えない悲喜劇だが、国際会議で議論の流れについていけないのでは、
わが国の国益を踏まえて発言することなど、できるわけがない。
結局、会議の場ではSmile, Silent, Sleepの3Sで過ごし、
後で議事録を読んで、対応を考えるという事になってしまう。

懇談会報告書の中には、「言力政治」(ワード・ポリティックス)
という表現がある。言葉を武器にして、日本の立場を国際的に主張し、
国益を守っていく、ということで、これは本講座172号で紹介した
「言挙げの方法」にも通ずる考え方である。
鈴木孝夫氏もこの表現については、「我が意を得たり」と高く評価している。
この「言力政治」を行うためにも、英語の能力は不可欠である。

■3.国際会議は、英語ではなく、イングリックで■

しかし国際会議で使われる言語について、
[2]の著者鈴木孝夫氏では英語ではなく、
「イングリック」であるべきだという独創的な提案を行っている。
English-like language、すなわち英語ではないけれども、
英語らしき人工言語である。

以前、スイスでの学術会議に参加した時のことである。
欧州諸国メンバーに、米、豪、
そして我々日本からの参加者が加わって議論をした。言語は英語である。
欧州勢のまとめた提案書で使われている
"Project Configurator"という単語に、アメリカ代表がけちをつけた。
一般のアメリカ人には理解不可能な表現だ、というのである。

国際会議に慣れないアメリカ人がよく犯す誤りだと思って、
私が口を挟んだ。確かにconfiguratorという言葉は
相当大きな辞書にも載ってないが、
configure(構成する)という動詞がある以上、
configurator(構成者)という名詞があってもおかしくない。
それがないとしたら、英語の方の欠陥である。
学術用語として必要な単語はどしどし作り、互いの了解のもとに使えばよい。
英語の慣用上の欠陥に縛られる必要はない。

この時、鈴木孝夫氏の「イングリック」という考え方を
会議の前提としていたら、このアメリカ人の発言は出てこなかったろう。
我々が今使っているのは、英米人の文化的財産である「英語」ではない。
国際語として平等の立場で使われる「イングリック」なのだから、
英語の慣用に縛られる必要はないのだ、と。

■4.イングリックで発信重視■

英語をネイティブ・スピーカー並みに話せることを目標とし
ていては、一生かかっても難しい。また国際会議のやりとりで
そんな必要もない。特に英語は、複雑な発音、不規則な綴り、
go, went, goneなどの不規則活用、膨大な慣用表現などから、
もともと国際語に適した言葉ではない。

何よりも、英米人の英語をお手本としては、
それ以外の国民には圧倒的に不利になる。
だから英語ではない、イングリックだ、
という割り切りが必要なのである。
一応、こちらも苦労して英語らしきものを使ってやるのだから、
英米人も理解の方で努力し、分からなければ、
相手の英語が悪いなどと言わずに、聞き直すべきだ、という姿勢である。

思い返せば、筆者がかつて学んだカリフォルニアの大学院では、
このイングリックが常態化していた。台湾からの留学生は、
"He don't come"などと平気で言う。しかもこの"He"とは、
彼の妻のことなのだ。
中国語では彼と彼女の区別はないそうなので、
この留学生は女性もすべて"he"と呼ぶのである。
インド人留学生は"thirty" をタルティと発音し、
フランス人留学生は"nation"を「ナッシオーン」などとフランス語読みする。
我々日本人留学生は、RとLの発音がごちゃまぜになる。

そんな様々なお国訛りのイングリックが飛び交うクラスの中で、
高度な知的議論が展開されていた。アメリカ人同級生たちが、
外国人の変な発音や表現をからかったりしたら、
真剣な議論を冒涜するものとして、袋叩きにされていただろう。
さすがにそんなアメリカ人は一人もいなかったが。

わが国の国益を代表する人々には、
国際会議の場でどしどし発言してもらわねばならない。
そのために彼等が身につけるべきは、英語ではなくイングリックなのである。
そういう方針でイングリック教育を考えれば、
発信能力重視でいかなければならない。
難解な英米文学をゆっくり読むのではなく、
イングリックでディベートしたり、日本の歴史や文化のプレゼンテーション
をするなどという形に変わってこよう。

■5.真の問題は語学力の不足ではない■

イングリックを説きながらも、真の問題は語学力の不足ではない、
というのが鈴木氏の問題提起である。

何が国益かという考えが官僚になくて、
外国との交渉をうまくやれるはずがない。
外務大臣に日本を守る、主権を守る、
国家の尊厳を守るという固い意志もなく、
また、それを支える国民的背景もなくて、ただぺこぺこ謝罪するとか、
なだめるとか、ODAの援助を手土産に持っていとかいう形だったら、
英語ができようができないか関係ない。

要するに私は、国際的な場面で日本は英語ができないから
かすみだしたのではなくて、
日本人のあり方、日本国家の存在がかすみだしたから、
持っている英語力さえも、十分発揮できなくなってしまったと思うのです。
日本人がしっかりしていさえすれば、
そして日本が国家としてちゃんとしていれば、
たとえ5しかない不完全な英語力でも、
それは使い方次第で7にも8にも使えると思う。
真の原因は英語力の不足ではないというのが私の考えです。[3,175]

この事は、先のクラスでの例を想像してみれば、すぐに分かることである。
自分の意見も主張もない学生は、いくら流暢な英語を使えても、
存在感のある発言はできない。
逆に、これだけは主張したい、という内容を持っていれば、
必死で語学を勉強し、また十分な発表準備をして、
実力以上の発言ができよう。

鈴木氏の言うイングリックなら、
日本で大学入試の受験英語をみっちりやった人が、
半年も英語漬けで生活すれば、
国際会議で丁々発止とやりあうくらいの語学力は確実につく。
真の問題はわが国の国益代表者達が、国際会議などで本当に
国益を守ろうとする意思と智恵があるかどうか、ということである。

■6.英語公用語論の根拠■

それでは国際会議などには縁のない、大部分の一般国民はどうなのか。
船橋氏は、日本語を第一公用語、英語を第二公用語とし、
日本語と英語を両方使えるバイリンガル人口を、30年後に人口の30%、
中央政府職員では50%を目標とする事を提唱している。

なぜ30%もの日本人がバイリンガルにならねばならないかというと、
以下の2点が主要な根拠であるようだ。

1) 日本が世界とよりよく生きていくには、一握りの外交官や商社員や
大学教授やジャーナリストが対外説明要員の役割を
担うだけでは不十分である。

国民の大部分がそうした対外説明の役割を果たせる識字能力をつけることが、
これからの教育の重大な使命であろう。[2,p202]

2) 21世紀の日本は多くの民族が定住するようになり、
多くの言語が家や共同体で話されることになるだろう。
その場合、理念として多言語主義に依拠しつつ、
日本語を公用語とすることをあらかじめ明記しておく。
(中略)
公用語を定める法律では、英語を第二公用語とする。
政府が、英語を日本社会において「外国語」ではなく
「第二言語」の地位に高め、
社会生活一般で広く使われる言語として認知する。[2,p203]

■7.英語公用語論の二つの弱点■

1)の主張には、二つの弱点がある。一つは鈴木氏が指摘されているように、
国益代表者の語学力は、現在ただ今の問題であって、
30年後まで待つ余裕はない、ということである。

たとえば、「バラマキ政治」と酷評された地域振興券は7千億円もの
予算規模だったが、これだけの金額をイングリック強化に投入していれば、
一人100万円使っても、70万人の短期特訓ができたはずである。
こうすれば、わが国益代表者たちの語学力問題は1,2年で解消できよう。

第二に、30年後と言わず、10年後には、
現在の補聴器程度の大きさの自動通訳機が確実に実現しているだろう。
音声の電子テキスト化、その自動翻訳、
発声という要素技術はすでに存在している。
この自動通訳機を使えば、日本と外国の小学生どうしが
直接対話することも可能となる。
こうなればイングリック習得すら不要となり、
外国語学習は再び異文化理解という目的に戻るだろう。
通常の会話のために苦労して、
30%もの日本人がバイリンガルになる必要性はないのである。

■8.「私はアメリカ人ではありません」■

船橋氏の2)の主張は、外国人移住者を大量に入れて、
日本が多民族国家になるべきだ、という
「21世紀日本の構想」懇談会報告書の前提に基づいている。
この主張をドイツにあてはめれば、
国内の200万人のトルコ人労働者のためにも英語を第二公用語とせよ、
というのと同じで、ドイツ人が聞いたらとんでもない暴論とあきれるだろう。
それどころか、ドイツは大量の外国人労働者の存在自体に
現在苦しんでいるのである。[b]。

さらに鈴木氏は、在日外国人の次のような発言を紹介している。

私の知っているあるフランス人は「(胸のところを指して)
ここに札を下げて『私はアメリカ人じゃありません。英語できません』
と書いて日本の街を歩きたい」と冗談を言ったくらいです。

日本人が白人と見るとアメリカ人だと思って、"Are you an American?"
などと英語で話しかけるのは、フランス人やドイツ人など
非英語国民にとって、不愉快きわまりない、という嫌悪感が
在日外国人社会にあることを、鈴木氏は指摘している。

また日本語ができる外国人は、「日本人は全部が頭のいい秀才でもないのに、
一応みんな日本語使っているではないか。
それなのにその日本語が難しいから、外国人には無理だ、
できるはずがないと思っているのは、俺たちが低脳だと思っているのか?
これは明らかに人種差別ではないか。」と怒る。

鈴木氏はある時、東京駅で、白人の中年の奥さんが乳母車を引いて、
二人のちっちゃな子どもを連れ、時々手にした地図を見ているのを見つけた。
鈴木氏が近寄って「どこかお探しですか?」と日本語で聞くと、
習い覚えたたどたどしい日本語で
「ワタシ、コノホテルイキタインデス」と地図を見せる。
「あっ、それなら私が行くところの先だからご一緒しましょう」と
案内してあげたという。この奥さんは「外人」としてではなく、
日本人並みに扱われたことを喜んだであろう。

国際化時代だから日本国内でも英語を、などと言っている人は、
その態度がかえって外国人を「外人」扱いして、
日本社会に溶け込むのを阻んでいることを知る必要がある。
ドイツ在住の外国人はドイツ語を学び、
日本在住の外国人は日本語を学ぶべきだ。
それができない旅行者などは「申し訳ないがイングリックで」、
というのが国際化時代にも変わらぬ原則である。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

国際派日本人養成講座 「小学生に英語!? H13.07.22」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h13/jog199.html

小学生の時から英語に慣れ親しめば、本当に
英語ができるようになるのだろうか?

■1.「英語も国語も算数もみなダメになる!」■

日本人の英語下手は大きな問題だ。
中学、高校と6年間も英語を勉強しながら買い物一つできないのは、
今の英語教育が間違っているからだ。
もっと小さいうちから英語に慣れ親しませ、
文法や読み書きより、まずは耳と口から覚えさせるべきだ。

よく聞く意見である。
実際に、平成14年から実施される新しい学習指導要領では、
「総合的な学習の時間」(総合学習)が
小学3年から6年まで合計430時間も設けられるが、
それを英語学習に使う学校が多数出ることが予想されている。

総合学習に時間を取られる事に加えて毎週土曜日が休みとなることで、
授業時間は小学校6年間で5785時間から418時間も少なる結果、
国語(224時間、14%減)、算数(142時間、14%減)、
理科(70時間、17%減)、社会(75時間、18%減)と
基礎的な科目が軒並み大幅に削られる。

これでは「英語も国語も算数もみなダメになる!」と、
問題提起しているのが、最近「小学校に英語は必要ない」を
著された茂木弘道氏である。
氏は、本講座での「ゆとり教育」批判を読まれてから[a]、
今まで疑問を感じていた小学校への英語教育導入の問題を検討し、
その結果をこの著書にまとめたという。
その一部を紹介させていただこう。

■2.子供なら遊んでいるうちに英語を覚えられる?■

「文法などより、生の英語を大量に読んだり、聞いたりする方が良い」
とする「インプット理論」がある。特に記憶力が良い子ども時代なら、
英語も遊んでいるうちに自然に覚えてしまうだろう、
というのが小学生に英語を、という考えの背景になっている。

確かに、一家でアメリカに住めば、子供は遊んでいるうちに
流暢な英語を話すようになる。しかし、この「遊んでいるうちに」
という点に気をつけなければならない。

現地(英語圏)の学校に入り、現地の友だちと遊ぶことを考えますと、
一日少なくとも6時間は英語に接していることになります。
6時間x365日=2190時間。
たった1年で2000時間になるのです。[1,p50]

中学レベルのTOEIC200点くらいの人が、
海外駐在員レベルの730点に達するには、
ネイティブ(英語を母国語として話す人)について
2000時間が必要だといわれる。
日本人の子供が1年間、アメリカの学校に通い、
現地の友だちと遊んでいれば、この2000時間の学習をすることになる。

ちなみに、現在の中学3年間の英語の授業時間は、
263~350時間なので、2000時間に達するためには、
その6~8倍が必要だということになる。

中学校3年間勉強してもものにならなかった英語が、
子供が1年アメリカで遊んでいればマスターしてしまう、というのは、
年齢や学び方よりも、この絶対時間の差だと、茂木氏は指摘するのである。

■3.週2、3時間では、覚えるより忘れる方が速い■

子供が1年間アメリカで遊んでいれば、2000時間になるが、
日本の総合学習をすべて英語につぎ込んでも、430時間にしかならない。
同じく「英語に親しむ」とは言っても、この絶対時間の差は決定的である。

しかもこの430時間は、週に2,3時間、
小学校3年から6年までの4年間にばらまかれている。
ある調査結果では、英語をマスターした帰国子女が
週1回程度の英会話教室に通っても、
2,3ヶ月の間に加速度的に現地で習得した英語を
忘れていくことが明らかにされている。特に、小学校2年生くらいまでに
帰国した子どもは3ヶ月後には全く英語を失うという。

すなわち、子どもにとって週2,3時間位のペースでは、
覚えるよりも、忘れるペースの方が速い。
これでは他の基礎教科を犠牲にして捻出した430時間も
まったくのムダな遊び時間になってしまうことになる。

■4.「読み書き文法」はできるという神話■

「小学生に英語を」という背景には、中学以降で文法中心に勉強しても、
読み書きはできるが、会話はできるようにならないという考えがある。

たしかに中学、高校と6年間も教室で一生懸命英語を勉強したのに、
アメリカへ行ったら全然通じなかったというショッキングな
経験をした人は少なくないだろう。
「6年も勉強したのに、英語で買い物一つできないのは問題だ!」
と多くの人が思うのは無理はない。

しかし、日本人は「読み書きは得意だが、会話が下手だ」というのは
「神話」に過ぎないと、茂木氏は事実で喝破する。

97/98年のTOEFL(留学生向けの英語実力試験)では、
日本人14万6千人の得点は498点、
韓国は10万4千人で522点と確かに水を開けられている。
これを分野別に見てみると、
「聴き取り」が日本50、韓国50と同じなのに対して、
「文法・作文」は日本50、韓国52とやや差が開き、
もっとも差をつけられているのは、「読解」で
日本50、韓国54である。「文法・作文」「読解」で差をつけられている、
というのは、中国と比較しても同じである。
日本人は「読み書き文法」の力が弱いのである。

■5.「読み書き文法」の力を破壊した「ゆとり教育」■

「読み書き文法」の力で差をつけられている理由は、単純である。
今まで進められてきた「ゆとり教育」で、
英語の授業時間そのものが大幅に減らされ、
内容も削減されているからである。

授業時間については、中学3年間で昭和33(1958)年の
3360時間に対して
平成10年では2940時間、12.5%減となっており、
また教科の内容も以下のように減っている。

……………昭和33(1958)年……………平成10(1998)年
文型………5種33文型…………………5種21文型
新語表……1100~1300語………900語
必修語数…520語………………………100語
文法事項…20項目………………………11項目

昭和22年の学習指導要領では、以下のように述べていた。

英語の学習においては、一時に多くを学ぶよりも
少し規則的正しく学ぶ方が効果がある。
それで毎日1時間、1週6時間が英語学習の理想的な時間数であり、
1週4時間では効果が極めて減る。

新指導要領では、「効果が極めて減る」週3時間に、
ほとんど意味のない小学校での週2時間という最悪の組み合わせになる。
「読み書きはできるのに買い物一つできない」という状態から、
すでに「読み書きもできない」状態に移行しているのである。

■6.「ゆとり教育」の無限地獄■

でも紹介したように、「ゆとり教育」を進めてきた
寺脇研(文部科学省審議官)氏の考えは以下の発言から窺える。

2002年(平成14年)からの学習指導要領では、
(教科内容を)分からないで中学校を出る子は一人もいないようにする。
中学卒業時点で全員100点でないとおかしいんです。
(朝日新聞、平成11年7月5日付け)

おちこぼれをなくすために、教科内容を大幅に減らすとというのである。
確かに必修単語520語も覚えるのは大変だから、
100語に減らせば、落ちこぼれは減るだろう。
しかし、この考えは、どこかおかしいのではないか?
茂木氏は次の2点を指摘する。

第一に、100語に減らしても、努力しない生徒がいる限り、
また落ちこぼれは生まれる。
すると、次は50語にし、それでも落ちこぼれは生まれ、、、
という無限地獄に落ちることになる。

第二に、たとえ100語にして、全員100点をとれたにしろ、
それがどんな意味があるのか、という事である。
コミュニケーションする相手があっての英語である。
海外の相手にとって、100語では20点のコミュニケーションしか
できないかもしれない。日本の中学校で全員落ちこぼれなく100点を
とっても、世界に出たら全員20点では、何の意味があろう。

アメリカではすでに20年前に「ゆとり教育」は国家的危機を
もたらすものとして反省され、かつての教育大国日本をモデルにした
教育改革が進んでいる[a]。そのようなアメリカでの反省と改革の成果にも、
現在の日本での学力崩壊の事実にも目をそむけ、
論理的にも破綻している「ゆとり教育」論をまっしぐらに
推進する寺脇氏の姿勢は、どうにも理解できない。
本人自身の学力が崩壊しているのか、はたまた日本を「国家的危機」に
追い込もうとする確信犯なのか、とつい勘ぐってしまう。

■7.文法が上達の土台■

それでは、本当の英語力を身につけるには、どうしたら良いか?
実証的なデータをもとに、具体的、かつ建設的な提案にまで
踏み込んでいるのが、茂木氏の著書の魅力である。

ある大学で英語力を高めるためのコンピュータを使った
集中学習プログラムを実験している先生によると、
「会話は出来るが、読解力が低い学生」と
「読解力はあるが会話はさっぱりという学生」を比較すると、
後者は2ヶ月の集中学習でTOEIC
(国際コミュニケーションのための英語試験)の得点を
100点も上げられるそうだ。逆に「会話力」だけの学生は、
目に見えた成果がなかなか出ない、という。

これは筆者の経験とも一致する。
アメリカで夫の留学に同行してきた奥さん方を観察すると、
大学入試で受験勉強をした奥さん達は短期間に比較的まっとうな英語を
話せるようになるが、高卒で受験勉強をしていない奥さん方は、
いつまでもブロークンな英語しか話せなかった。
この違いを生んでいるのは、頭の善し悪しではなく、
受験勉強で一度は英文法と格闘したことがあるかどうか、
という事なのである。

「文法などより、生の英語を大量に読んだり、聞いたりする方が良い」
とするインプット理論が暴論だということは
スポーツで考えればすぐに分かる。
たとえば水泳でも、手足の動かし方や息継ぎの仕方などの基本があり、
それらを体系的に習得することで、効率的に上達できる。
基本などどうでも良いから、とにかく沢山泳いで上達せよ、
などという水泳コーチはいない。
沢山およぐことは必要だが、基本形をまず身につけることで、
その後の練習も効率的、効果的になるのである。

したがって、中学ではまず英語を週5時間に戻し、
文法など基礎中心のカリキュラムにすべし、
というのが、茂木氏の提案である。
そして英会話を勉強したい生徒は、運動部のようにヒアリングや音読などを
毎日2時間みっちり鍛える「英会話トレーニング部」で学ばせる。
シドニー・オリンピックのマラソン金メダリスト高橋尚子は、
普通の選手が3時間くらい練習するのを、5時間くらい「楽しんだ」という。
スポーツも英会話も楽をしてうまくなるという事はありえない。
練習の苦しさを乗り越えて「楽しみ」に変えるほどの取り組みをして
初めて一流のレベルに到達できるのである。
「ゆとり教育」では、本物は育たない。

■8.母語の持つ意味の重さ■

それでは小学生はどうすべきか?
1年間海外留学をした学生の英語語彙力は、
日本語の語彙力と非常に高い相関を持つという調査結果がある。
すなわち国語の出来る生徒は、英語もできるようになる。
したがって小学校では中途半端な英語教育ではなく、
むしろ国語教育を強化すべきだ、と茂木氏は主張する。

人間が生まれてから6歳まで、毎日10時間は母国語に触れているとすると、
10時間x365日x6年=約1万5千時間となる。
英語をマスターするのに必要とされる2000時間の7.5倍もの時間を
我々は母国語の習得に使っているのである。
そう考えると、「母語というものの持つ意味の重さに
改めて気づかされるのではないでしょうか?」と茂木氏は問いかける。

小学校の国語教育は、この1万5千時間の基盤の上で母語の読み書きを習い、
それによって論理的な思考力を確立する。
この国語力と思考力が中学に入ってからの英語力の土台となるのである。

ところが「ゆとり教育」は国語教育をも蝕んでいる。
現在の小学校6年間で学ぶ漢字の数は1006字で、
戦前昭和8年の1362字と比べると、26%も削減されている。
中国では小学生に3000字も教えているそうである。

小学校の国語も算数も犠牲にして、英語に慣れ親しむ楽しい
「ゆとり教育」で育つのは、貧弱な国語力と未熟な思考力のまま、
意味も文法も知らずに英語の歌を歌うだけの子供たちではないか。
そういう子供たちがわが国の未来を担い、
国際社会でも活躍する国際派日本人に育つだろうか?

―――以下、コメント欄から――――――――――――――

【匿名希望】
当地(アメリカ)でも多くの日本の方達と
お付き合いさせていただいておりますが、
その多くが高校、大学まで日本で教育を受けた人たちです。
しかしながら彼らの英会話力はすばらしく、
アメリカ人が「ネイティブと同じだ」と
褒めるレベルの人たちも大勢いらっしゃいます。
日本国内で一般的な学力を身につけた後でも
外国語の習得は十分可能なのです。
幼いころから学習しないと英語が身につかないなどということは
断じてありません。
職場には小学校高学年から大学までアメリカで教育を受けた同僚がいますが、
人格を形成するうえで最も大事な時期をアメリカで過ごし、
日本人からは「日本の常識が通じないアメリカ人」、
アメリカ人からは「英語は上手いが自分らには
解からない結論の出し方をする、結局は日本人」と見なされ、
その経歴に比べ非常に損な思いをしています。外国語や外国に関する学習は、
日本の歴史や日本語を十分学んだ後でよいのです。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

一般日本国民、英語教育改革を斬る。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

自然音を左脳で聞く日本語の凄さ
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=205053
社内公用語
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-552.html
漢字と格闘した古代日本人
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-535.html
外国から見た日本【現代版】
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-177.html
外国人が住む町
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-275.html
「危険な外国人参政権」と「恐怖の人権機関」
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-277.html
中国で根絶やしにされた孔子の理想は、日本で花開いていた。
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-421.html
スウェーデンの悲劇。外国人参政権、人権擁護法案、移民1000万人受け入れの未来。
http://www.youtube.com/watch?v=KeLL6hNVrwc
スウェ-デン人の半数が軍隊による町のパトロ-ルを望む
http://www.youtube.com/watch?v=lsshD97rDuU
【移民受入れ阻止!】~デンマークの惨状
http://www.youtube.com/watch?v=zvmNDKb6_q4
やがてベルギー人のいなくなる町 ベルギーの首都ブリュッセル
http://www.youtube.com/watch?v=eXKSQ8lxwDU
こうして治安は崩壊し、国家は死に至る ベルギー ブリュッセル
http://www.youtube.com/watch?v=qAOxOKWW0IM

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
言語としての日本語、そして外国語との比較
http://bit.ly/1RGLNBI
2008/09/26 09:09|年表リンク用資料
Copyright(C) 2006 正統史観年表 All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.