正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳

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東京裁判 速記録 第321号から、
いわゆる「南京大虐殺」についての松井石根大将の証言部分を抜粋

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国立公文書館 アジア歴史資料センター
http://bit.ly/YHyrrS

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A級極東国際軍事裁判速記録(和文)
昭和22.11.21~昭和23.2.10(第319~370号)
http://bit.ly/Topp47

22/437~31/437 が『速記録 第321号』

東京裁判 速記録 第321号から、
いわゆる「南京大虐殺」についての松井石根大将の証言部分を抜粋

『極東国際軍事裁判 速記録 第321号』昭和22年(1947年)11月25日(火)P1
『極東国際軍事裁判 速記録 第321号』昭和22年(1947年)11月25日(火)P2~3
『極東国際軍事裁判 速記録 第321号』昭和22年(1947年)11月25日(火)P4~5
『極東国際軍事裁判 速記録 第321号』昭和22年(1947年)11月25日(火)P6~7

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『極東国際軍事裁判 速記録 第321号』昭和22年(1947年)11月25日(火)P1

午前9時34分開廷

●法廷執行官

これより審理を続行いたします。

〔伊丹モニター 眞崎、岡、巌本通譯擔任〕

〔松井証人、証人台に登る〕

●代理裁判長

あなたが質問を継続されます前に、
判事の一人として私より質問があります。

証人、もしあなたが軍紀を維持することに関して
命令を与える権限がなかったというならば、
このあなたの宣誓口供書の第9ページにあるところのことを
説明してください。
第9ページの一番最後のところを私が読みます。
「17日、南京入城後初めて憲兵隊長よりこれを聴き、
各部隊に命じて即時厳格なる調査と処罰をなさしめたり」。
そこに書いてある
をどういうふうに説明しますか、証人。

●松井証人

部下の軍司令官及び各部隊長を集めて、軍紀風紀を維持すべき
私の希望を伝えて、それぞれ適当なる手段をとることを
命令したのであります。

●代理裁判長

しかし私は、証人、あなたが昨日、証人自身として命令を与える
権限はなかったと証言したように記憶しておりますが。

●松井証人

当時の方面軍司令官たる私は、両軍の作戦を統一指揮するべき
職権は与えられておるのであります。
従って各部隊の軍紀、風紀を維持することについては、
作戦上、全然関係がないとは申されませんから、
自然、私がそれに容喙する権利があるとは思いますけれども、
法律上、私が軍紀、風紀の維持について具体的に各部隊に
命令する権限はなかったものと私は当時考え、
今もそれを主張するのであります。

●代理裁判長

ノーラン代将

●ノーラン検察官

あなたは英文宣誓口供書の14ページにおきまして、
1929年すなわち昭和4年、ベルリンにおいて、
ある会合に出たことを述べておられます。
当時あなたは参謀本部第二部長を免ぜられた直後でありました。
その参謀本部第二部の基本的な任務は、支那を除く他の諸国に
関するところの情報を収集することであったと私は考えてよろしいですか。

●松井証人

すべて一般の観察があります。

〔日本語速記者朗読〕

〔英語速記者朗読〕

●ノーラン検察官

それに続いてあなたは、昭和4年1月に旅行したと述べられておられますが、
どういう諸国を訪問しましたか。

●松井証人

沸領インド支那、シャム、ビルマ、インド等の諸国を経て
ヨーロッパに渡り、イタリー、フランスその他の各国を巡歴して、
4月にベルリンを通過したのであります。

●ノーラン検察官

あなたの旅費はだれが出したのですか?

●松井証人

参謀本部であります。

●ノーラン検察官

その参謀本部が旅費を出した理由は、
あなたがこの旅行をしたときは事実上あなたが参謀本部の部員であった
からではありませんか。

●松井証人

参謀本部附であります。

●ノーラン検察官

この旅行をしたときは、あなたは公式の任務によってしたわけですね。

●松井証人

参謀本部という職務は、参謀本部に配属されておりますけれども、
特別の任務はないのであります。

●ノーラン検察官

私の考えはこういうふうに考えます。
すなわち参謀本部の武官というものは、
こういうことをしろと言われたことをするのが
その任務であると考えますが。

●松井証人

さようですが、私の欧州旅行のごときは、
永年の第二部長の職を解かれたあとで、
慰労的に、なお私の一般世界に対する識見を得るために、
欧米諸国を旅行することを許されたのであります。

●ノーラン検察官

あなたがイタリー、フランスその他ヨーロッパの諸国を歴訪したときに、
その各国における日本の陸軍駐在武官、大使館附武官と会見されたことと
思いますが。

●松井証人

会見いたしました。

●ノーラン検察官

それでは、あなたが懇親、親睦を新たにする目的をもって
再びこれらの武官とベルリンにおいて会同することは
必要でなかったのではありませんか。

●松井証人

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ちょっと飽きたので、以下、作業を中断いたします。【2013.1.5】

P2-1段目

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『極東国際軍事裁判 速記録 第321号』昭和22年(1947年)11月25日(火)P2~3

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『極東国際軍事裁判 速記録 第321号』昭和22年(1947年)11月25日(火)P4~5

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『極東国際軍事裁判 速記録 第321号』昭和22年(1947年)11月25日(火)P6~7

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不鮮明な旧字体で判別困難な字については、
下記『my日本』メンバーの方々に御協力をいただきました。
敬意と感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

GEDDYさん
http://sns.mynippon.jp/?m=pc&a=page_f_home&target_c_member_id=42454
サッカーボーイさん
http://sns.mynippon.jp/?m=pc&a=page_f_home&target_c_member_id=16028

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東京裁判 速記録 第320号から所謂「南京大虐殺」関係部分を抜粋
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-610.html
いわゆる「南京大虐殺」関連_2_東京裁判関係
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-248.html
いわゆる南京大虐殺・URL図書室
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-518.html

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極東国際軍事裁判 速記録 第321号 P1
極東国際軍事裁判 速記録 第321号 P1
2008/09/23 09:00|一時的アップ
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