正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観=完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=固定観念=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=戦う人は悪い人=軍民分割統治=団結させない個人主義の洗脳を解き、誇りある歴史を取り戻そう!

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昭和21年(1946年)元旦、『新日本建設に関する詔書』(いわゆる「天皇の人間宣言」)

大東亜戦争が終わった翌年の昭和21年(1946年)の元旦、
占領軍は昭和天皇に「いわゆる人間宣言」を出させました。

この「人間宣言」という言葉は、
マスコミ・歴史家たちが勝手にネーミングしたものです。

実際に天皇により発表されたのは「新日本建設に関する詔書」というもので、
詔書では「人間宣言」という語句は一切、使われていません。

GHQは「軍国主義」を一掃するという名目で、
天皇みずからがその神格性を否定する詔を発布させようと考え、
GHQが原案を作り、密かに日本側に届けましたが、
昭和天皇は原案をそのまま承認せず「五箇条の御誓文」を冒頭に加えました。

マッカーサーも「五箇条の御誓文」は結構なものと賛成したので、
「新日本建設に関する詔書」が発表されました。

GHQが天皇に「いわゆる人間宣言」なるものを宣言させた理由は、
GHQは天皇は西洋のゴッドと同じものと誤解をしていたからです。

日本の神はゴッドとはまったく違います。
日本の神は集団の一番上という意味です。

■体の一番上 → 髪(カミ)
■昔の大家族で下男下女がいるところでは奥さんが「おカミさん」
■太政大臣 → 一の上(カミ)

■天皇 → 「神」ではなく、人々の一番上の「御上(おカミ)」

これをゴッドと訳したのは明治時代のとんでもない誤訳でした。
仏教が入ったとき、仏を「神」とは言いませんでした。
キリスト教が16世紀に入ったときも「デウス様」と呼び、
「神」とは言いませんでした。
キリストを「神」と呼ぶようになったのは明治になってからです。
明治のキリスト教徒は漢訳の聖書を使ったので
「神」と訳してしまったのです。

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『大日本帝国憲法』

まず第1条と第4条で、
日本国の国家元首は天皇であると規定されています。

第3条で、
天皇は神聖不可侵であると規定されています。
つまり天皇に政治責任をとらせてはならないということであり、
政治責任は内閣にあるということです。
天皇は勝手に政治を行なってはならないということです。
(判断していただくと責任が生じてしまう。)

第6条で、
天皇は議会が可決上奏した法律を裁可しなければならず、
裁可しなくてもいい場合があるとは書かれていません。

第37条で、
すべての法律は議会の可決が必要であると明記しています。

一方、第8条で、
議会は天皇の勅令を無効とする権限を有しています。

第55条で、
天皇の御名御璽には国務大臣の副署がなければならないと規定されています。

このように、天皇の判断は臣民代表の議会や国務大臣の判断が伴わない限り、
無効となる仕組みが徹底されています。

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『神道と宗教の違い』 「なぜ日本人は世界から称賛されるのか?」

小坂達也

なぜ日本人は世界の人々から称賛されるのか?
日本人らしさとはどこから来たのか?

宗教が教えならば、神道は道である。

【一神教】
キリスト教には1人の神イエスが、
仏教には1人の神ブッタが、

【多神教】 「八百万の神」
神道には水神や土神など自然そのものが神であり、
複数の神様が存在する八百万の神と呼ぶ。

さらにイエスやブッタ等も『八百万の神』に含まれる。

西洋の神は全知全能で決して間違いを犯さない正義の象徴であるのに対し、
日本の神様は祟りや災いを起こす怖い存在である。

キリスト教は過ちを起こして懺悔をすることで神から許しを乞う。
神道は自然災害や祟りなども神が起こすと考え、
祭祀や祭りを行い神々に感謝の意を唱える。

西洋では努力や反省をすれば神に近づくと考え未来に答えがあると考え、
神道は人の祖先が神であるため祖先を敬い過去に答えがあると考える。

伝統を重んじる日本人と進化を求める西洋人の違いである。

宗教には教典や聖書と言った教えがある。
神道には教えはなく一人一人が自然から感じ取るものである。
キリスト教やイスラム教は神の教えが存在し、
真理も人間の生き方も決まっている。
神道は教えはなく自らが答えを求めて歩まなければならず、
神はその歩みを見守るだけで、道は示してくれない。
天照大神は邇邇芸命に稲を育て地上を統治する事を託す。

【天孫降臨】
天照大神の孫である邇邇芸命が降臨した事で天孫降臨と呼ぶ。
さらに高く積んだ稲穂に神霊が降りる場所として高千穂を選んだ。

稲を植えると雑草が生える。この雑草を取り除く事、
つまり神道とは自然の利に従う事であるのと同時に自然に逆らう事でもある。
ただし、悪を取り除くのではなく善を育てるのに妨げるものがあれば
取り除くという考え方である。

虫は野菜を食い荒らすが、そのおかげで交配が進む。
人が人の為に善が作られ、自然の中では悪も善となる。
その中で学び取るのが人生である。
子が親を敬い親が祖先を敬う。
この当たり前で当たり前ではない思想の根源が神道である。

初詣、節分、ひな祭り、七夕、七五三、成人式
これらすべてが神道の行事である。
我々は知らず知らずの間に神道という道を歩んでいる。

西洋の文化を取り入れ伝統を重んじる柔軟さは
神道の道が我々日本人に与えた答えなのかもしれない。
http://www.youtube.com/watch?v=kCUwXYRAO90

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明治以降の日本は世界最高水準の自由な民主主義国家であった!
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先帝陛下(昭和天皇)に戦争責任はない。
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大東亜戦争までの内閣
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新日本建設に関する詔書 (いわゆる「天皇の人間宣言」)
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★復興への3万3千キロ
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2008/09/14 09:09|年表リンク用資料
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