正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳

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「正統史観VS自虐史観」の議論例 (mixi)

◆mixiのJ

日本が外交オンチから、九カ国条約のような、中国の主権尊重、
領土保全を謳った国際条約を結んで、
後に満洲事変を起して約束を反故にしたらそれは何?

◆my日本のO

九ヵ国条約には期限がなかった。
期限がない条約には事情変更の原則が当てはまる。
国際情勢が変化すれば、この条約に縛られなくなるということだ。

支那は「不法行為をせず各国との条約を守る」という約束を無視した。
満州内では日本人や日本の関係施設などが、
さまざまなテロ攻撃を受けていた。
しかも、その武装盗賊テロ集団に武器や資金の支援をしていたのは
アメリカ(→張学良や中国国民党を支援)や、
ロシア(→共産パルチザンを支援)だった。

そこで準備万端で一気にやり返すため、奉天(現瀋陽)郊外の柳条湖付近で
日本軍(関東軍)が南満州鉄道の線路を爆破して(柳条湖事件)、
警察行動である満州事変が勃発した。

そもそも1911年の辛亥革命で支那と満州は別になっていたはずたっだ。

1911年の辛亥革命で漢民族(支那人)たちが清王朝(満州族)を打倒し、
清国政府をその故郷である満州に追い返し、長年にわたる満州族の支配からの
民族独立(三民主義の一つ)をめざして戦い、
翌1912年1月1日、中華民国を建てたので支那と満州は別になっていたので
満州は支那じゃないから九ヵ国条約の適用範囲ではなかったはずだった。

◆mixiのJ

私は歴史認識について述べるときは、
できるだけ「主観的な」価値判断を避け、
客観的な事実を並べるようにします。

第一次世界大戦の戦勝国(英・米)が戦後の世界を指導する立場になった。
彼らはいろいろ国際的なルールを作った。
日本もそれに加わった。
のちに日本は中国に関する取り決めに違反したことで国際的に非難された。
以上のことは客観的事実です。

ただ日本の侵略といっても、
その価値判断の基準は「相対的」なものであって、
あの当時の日本を「絶対悪」とする根據は無い。
英・米も、ただ戦争に勝ったという事実があるだけで、
この両国が「絶対善」である根據ももちろん無い。

◆my日本のO

テロ攻撃を受けたら、
すべてを放棄して撤退すればいいということでしょうか?

◆mixiのJ

すべて外交に無能だった日本が悪いのです。
そもそも、どうして石井.ランシング協定よりも不利な内容の
九カ国条約を締結したのか?理解に苦しみます。
アメリカは「モンロー主義」といって中南米を自国の裏庭にしていた。
だから日本も満洲で「モンロー主義」をやればよかったのです。

もし、アメリカが日本の「モンロー主義」に難癖をつけて、
「門戸開放」「機会均等」を言ってきたら、
日本も中南米において「門戸開放」「機会均等」
を求めればよかったのです。それが外交というものです。

◆my日本のO

1823年、モンロー宣言。

米国は建国当初からヨーロッパの動乱に巻き込まれないように
孤立主義の外交政策をとっていた。
この姿勢は第五代大統領モンローの「モンロー宣言」で明確にされた。
米国は欧州各国のアメリカ大陸への介入を排除し、
ヨーロッパ本土での紛争や植民地争奪戦に巻き込まれないというもの。

◆mixiのJ

モンロー宣言は、当初はそのような崇高な理念だったが、
のちに米国が帝国主義化するにつれて、
その外交の性格も変貌していったのです。
「棍棒外交」なんて言葉が残っているでしょ?

◆my日本のS

外交無能の話ではありません。
蒋介石の無法侵略行為と英米のテロ支援あってものです。
相手の違法行為をこちらの無能で片付けるなんて
文明を持った人間の発言ではありません。

石井・ランシング協定は既存権益放棄ではないので
日本からしたら不利ではありません。
九カ国条約も既存権益を否定したものではありません。
国境も不明です。

それにABCD包囲網がどういうものだったかを知るべきです。
蒋介石に侵略され、反撃したら米は「援蒋」をしたのです。
これを合法的に遮断したら「経済制裁」してきたのです。

あの当時日本だけ不調印したら、
残りの八カ国から何らかの反撃があるのは明白です。
そもそも日本は大東亜戦争において、支那の領土や権益を侵害していません。

極めつけはアメリカのモンロー主義はフィリピン奪取で崩壊しています。
モンロー主義はアメリカ大陸を合衆国のものとすると同時に、
アジアには文句を言わないというものでした。
フィリピンどころか、その九カ国条約さえモンロー宣言に違反するものです。

つまりアメリカにそんな理屈通らないんですよ。
満州をモンロー宣言したところで。
建国から前述の通り、アメリカというのは基本ならず者国家です。
日本の外交云々ではなく、
アメリカは支那がほしくて無茶苦茶やっただけです。

もし外交云々で通じる(つまり相手が国際法を守る)のであれば
テロ支援もしないし合法駐軍に制裁なんかしません。
日本が九カ国条約を締結しないだけで、
アメリカの支那奪取野望が潰えるなんて考えは浅はかです。

◆my日本のO

九ヵ国条約を結んだら、攻撃されても反撃しちゃいけないんですか?
1928年・不戦条約は米英仏の要望で自衛権は除外されていました。

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石原氏「あの戦争、侵略じゃない」 橋下氏の見解とズレ
朝日新聞デジタル 2013年5月18日4時58分
http://www.asahi.com/politics/update/0518/TKY201305170753.html?tr=pc
日本維新の会の石原慎太郎共同代表は17日、
先の大戦の旧日本軍の行為について
「侵略じゃない。あの戦争が侵略だと規定することは自虐でしかない。
歴史に関しての無知」と語り、侵略とした橋下徹共同代表の見解を否定した。
朝日新聞の取材に答えた。
従軍慰安婦などをめぐる橋下氏の発言への批判が収まらないところに加えて、
歴史認識をめぐる両共同代表の認識でも違いがはっきりしたことで、
党内の混乱が一層深まりそうだ。
石原氏は、橋下氏が「敗戦の結果として侵略だと受け止めないといけない。
反省とおわびはしなければいけない」と述べたことについて
「全然違う。正確な歴史観、世界観を持っていないとだめだ」と批判した。

◆mixiのJ

ネット上では「石原よく言った!」と絶賛の嵐だと思うけど、
私の持論は変わりません。
石原の歴史認識は「政治プロパガンダ」であって、
過去の真相とは無関係です。

◆my日本のO

日本は何年何月何日に、どこを攻撃して侵略を始めたというのですか?

◆mixiのJ

具体例をひとつ挙げれば、1941年7月28日の南部仏印進駐になります。

前年の9月に行なわれた北部仏印進駐について、
日本軍は蒋介石の重慶政府への支援ルート(雲南鉄道)の遮断を
名目にしていました。
攻撃のベクトルは「重慶」を向いているのでこれには「整合性」があります。

ところが、南部仏印に進駐する理由は説明がつかない。
攻撃のベクトルは重慶とは逆方向、
シンガポール・オランダ領印度・比島に変わってしまいます。
これらの地域に「利権」を持つ英・蘭・米が
自衛行動を取るのは自然なことでしょう。
実際に日本は米国から石油を止められた。

◆my日本のO

まず、日本軍は条約によって合法的に南部仏印に進駐しました。
なぜ制裁を受けないといけないのですか?

日本の北部仏印進駐の4ヵ月前の1940年5月、
ドイツ軍がノルウェーとデンマークを占領。
同月、英国は両国の属領であるアイスランドとグリーンランドがドイツの手に
陥るのを防ぐためとして2万の兵でアイスランドを占領。
アイスランドは独立を宣言。
その承認のもとに7月、英軍に代わり米軍が同島に進駐。

日本の南部仏印進駐の3ヵ月前の1941年4月、
米国は駐米デンマーク公使との間で、
グリーンランドに空軍基地を建設する協定を結んだ。
ドイツ軍占領下にあったデンマーク政府は、ただちに協定を取り消し、
公使に召還命令を発したが、米国はグリーンランドに基地を建設した。

南部仏印にも米英軍が違法に進駐してしまう恐れがあったのです。

ソ連はポーランド、バルト三国、フィンランド、
ルーマニア、イランを侵略しました。

東京裁判では、日本の仏印進駐は有罪とされ、
戦勝国の進駐は裁判に関係なしとされて却下されました。
欧米列国やソ連のやってきたことは不問にし、
日本の合法的な進駐は有罪という、まったくもって横暴な考え方でした。

◆my日本のS

南部仏印駐留は昭南島・蘭印・比島へ方向性を向けたものではありません。
それは連合国が作った強引な口実です。

援蒋ルート遮断と、いざ開戦した場合に南部を取られないための確保です。
国際法に則っての駐留なので批判される理由はありません。

第一、南部駐留は昭和16年7月です。米が不当制裁を始めて何年目でしょう。

貴殿が「整合性がある」と言った北部駐留でも
制裁を仕掛けてきたのがアメリカであり、
蒋介石の上海爆撃に自衛しただけでも制裁を仕掛けてきたのがアメリカです。

「南部は整合性が無いから石油を止められた」なんて理屈は通用しません。

そもそも、この南北駐留は「援蒋」というテロ支援あってのものです。
英米がこんなことしなければ南どころか北にも駐留する必要がないのです。

◆mixiのJ

条約によって合法的に南部仏印に進駐うんぬんは、
あくまでも日本とフランス(ヴィシー政権)との取り決めですね。
日本の南部仏印進駐によって、イギリスの権益地との距離が縮まる。
脅威を感じたイギリスが対抗措置(経済断交)を取るのは
ぜんぜん不当な話ではないですね。

「南部仏印にも米英軍が違法に進駐してしまう恐れがあったのです」
←仮定の話をしても仕方ないですよ。
南部仏印進駐は、『情勢ノ推移ニ伴フ帝国国策要綱』(昭和16年7月2日)
の決定に従って行なわれています。

そもそも「ベクトル」で考えてみてください。
日露戰爭のときとまったく情勢は同じですか?
あのときはロシアが清国と条約によって合法的に旅順・大連を租借し、
さらに朝鮮半島にも手を伸ばしてきた。

◆my日本のS

日仏の条約は「あくまでも」ではありません。
権益地との距離が縮まっただけで経済制裁を発動してよいなんて
どこの無法者の理屈なのでしょうか。
これが「不当ではない」とかギャグにもなりませんよ。

防衛というのは基本仮定の話です。
地理的、そして相手国軍の基地や軍事力、行動予測をして
我が軍の配置や装備を考えるのです。
南部駐留が「情勢ノ推移ニ伴フ帝国国策要綱」で行われてるから
何だというのでしょうか。
繰り返しますが国際法に則った駐留です。

方向性の話が好きなようですが、日本の周りは皆英米白人列強の植民地です。
日本は最初からアジアにいます。
英米白人はどこからこのアジアに来たのでしょうね。

日露戦争の時の「ベクトル(笑)」と一緒じゃなかったら
自衛ではないなんてことにはなりません。
比べる意味もありません。自衛には変わりありません。
発端は蒋介石による侵略で、英米がその蒋を援助し、
対蒋抗戦する日本に不当制裁を仕掛けてきたのが原因です。

不当制裁をする敵国英米に「ベクトル(笑)」を向けたとして
何が問題なのでしょうか。
日本を侵略した蒋介石を支援した英米は
「日本にベクトル(笑)を向けて」にはならないのでしょうか。

そもそもモンロー主義のアメリカによる日支事変介入は
何か自衛の大義でもあるのでしょうか。

そうした英米のあからさまな非平和的挑発攻撃をむしろ擁護した上、
本来なら「テロ支援国家」としてあからさまに攻撃してよいものを
合法駐留合法遮断で平和的解決姿勢に尽力した日本側の行動を
批判するなんて戦後敵国捏造史観狂信にも程がある。

◆mixiのJ

どんなに日本に「非」はない。
悪いのは100%英米アングロ・サクソンという歴史認識を示したところで、
相手方も自分たちに「非」はない。
悪いのは100%日本という歴史認識を示す。

どちらの歴史認識も「バイアス」がかかって客観性は乏しくなります。
自国の立場を正当化するために都合の良い事実だけを寄せ集めるからです。

東京裁判史観(日本は悪である)は偏り過ぎて
ちっとも歴史の真実を表したものではありませんよ。
では、その正反対の史観も同様であることがどうしてわからないのですか?

◆my日本のS

繰り返しますが、日本は最初からアジアにいます。建国からずっとです。
そこに白人列強が進入してきました。
独立自存を守るため必死にもがいたところのどこに非があるのでしょうか。

客観的に見たら尚更日本は東亜百年戦争の犠牲者であって
白人列強を擁護できる事実はありません。
日本やアジアが何か悪いことしたからアジアはほぼ植民地になり
日本を取り囲むように軍艦を配備したのでしょうか。

それにそんな抽象的な見解は客観的とは言いません。
「白人も悪いが日本も悪い」とか言えば中立的で客観視できていると
勘違いしているに過ぎません。

悪いとか言うならば具体的に何が原因かを明記して、
その不当性の証明と、代案の提示が必要です。

こちらから具体的に申し上げれば、先程から批判する行為(仏印駐留など)が
違法で自衛とは無関係という証明、それが無くても窮しない根拠、
課題(援蒋遮断するには)解決の代案が提示されなければ
客観視のための材料になりません。

戦争を避けるためなら英米の言うとおり全支撤退をすれば良かったんです。
英米に従属すればよかったんです。
でもそれは何の解決にもなりません。

援蒋はおろか、白人列強がアジアに来なければ起こらなかった問題なのに、
必死になって、捏造までして
「日本の非」を作り出すことが客観視なのでしょうか。

◆mixiのJ

日露戰爭の戦勝によって賠償金の代わりに得た南満洲の特殊権益を機に、
日本も白人列強の仲間入りをした。

日本は「遅れてきた」帝国主義国家。

帝国主義の時代は第一次世界大戦で終わった。
戦勝国(英米)の主導の下に、新しい世界秩序が生まれた。

日本もそれに加わり、外交的無能から割りに合わない条約を結んだ。

とくに顕著なのがドイツから継承した山東省の権益を
中国に返してしまったこと。

中国は米国に恩義を感じ、日本を見下すようになった。

日本が悪いといわれるのは、
このときの新世界秩序(ワシントン体制)に加わって
諸国との間に幾多の条約を結んでおきながら、
後で勝手に反故にしたことによるのです。

私は「悪いのは100%日本という」歴史認識を示しているのではなく、
仮定として英米アングロ・サクソンの身になって、
彼らならこういう主張をするだろう、という立場を示しているに過ぎません。

「国際法に則っているから問題ない」と貴方はよくおっしゃいますが、
その国際法とやらは、
決して真の公正と公平を期する永遠普遍の正義などではなく、
それらを作って運用する国々にとって
都合のよい「俺様ルール」に過ぎません。

國際聯盟、米国の主導したワシントン体制、
第一次世界大戦後に成立したこの世界秩序は、
英米の既得権の維持にとって都合のよい国際ルールです。
「戦争と植民地支配はもうやめにしよう」「民族自決を認めよう」
といっても、たとえばこれらはイギリスの植民地であるインドには
適用されないというダブスタです。

日本は、英米主導の国際秩序に加わった。
諸条約も締結した。
のちに条約を反故にしたことで国際的に非難を浴びるわけだけど
(例:満洲事変)、
それが不服なら、どうしてこんな偽善の体制に加わったのか?ということ。

たとえば、九カ国条約を締結していないソ連は、
中国の主権を尊重するというルールに縛られることなく、
やりたい放題できた。
ロシア帝国時代に敷設した東清鉄道(中東路)の利権もそのまま維持した。

1929年に、張学良の軍隊がこの東清鉄道(中東路)の利権を
武力接収したことがあったが、
ソ連は軍事行動を起して奪い返した(中ソ紛争)。
この当時、国際連盟は存在していましたけど、
ソ連はのちに満州事変を起した日本のようには
国際的非難を浴びていませんね。

◆my日本のS

満州権益は賠償金代わりではありません。
本来なら権益も賠償金も取っても問題ありません。
日本が賠償金を諦めたんです。

白人列強と同等の権利を主張しなければ飲み込まれてしまう時代です。
「帝国主義だ」とか「それは第一次世界大戦で終わった」とかいう
何の根拠もない貴殿の主観の上で話ても意味がありません。
列強の覇権争いなんて
戦後でも続いてるのに「終わった」とかまたギャグのつもりですかね。

山東省返還は外交的無能とか言う話ではありません。
これは三国干渉と同じ形で、日本は極力米との争いを避けたいので、
このときは山東省権益とそれを天秤に掛けて譲歩しただけです。
一概に譲歩=外交的無能ではありませんから。

そして日本は結んだ条約を反故したことはありません。
遠くから来てアジアをほぼ植民地にして
さらに無法テロ支援をする輩の身になる理由も分かりません。

そもそもこの世に「永遠普遍の正義」なんてありません。
それは人によって違います。
貴殿が「俺はこれが正義だと思うからこの条約は正義じゃない、だから無効」
それは無法地帯と言います。
国家間で取り決められ調印された国際法なのだから何の問題も無いのです。
貴殿は先ほどから全部主観で喋っている。何の客観性も無い。

前述した通り、英米と同等権利を主張しなければ、
日本の場合白人列強と違って国家が消えてしまうんです。アジアの国なので。

満州事変は条約違反ではありません。
満州権益は国際法上、日本が所有しているのだから
その権益を保護する現地政権を認めるのは当然のことです。

それに九カ国条約はワシントン会議を経て1922年2月に締結されたもの。
ソ連建国は1922年の12月。
列強各国がソ連を国家承認するのはその2年以上後。
ソ連は締結とか調印とかそういうレベルじゃないの。

◆mixiのJ

「満洲事変は条約違反ではない」というのは、
単なる佐藤さんの「主観」です。
条約違反であると批判されたし(スティムスン・ドクトリン)、
満洲事変における日本の立場は認められなかった。
これを不服として日本は国際連盟を脱退した。これが客観的な史実です。

◆my日本のS

ある国が「それは条約違反だ」と言えば
客観的に条約違反ということにはならないんです。
しかも「スティム(ソ)ン・ドクトリン」は米国の主張。
日本の利権を奪いたくてしょうがない国の主張です。
上海事変で攻撃された側を制裁する国の主張ですよ。
日本の立場を認めなかったのは白人列強です。
何度も言いますが白人従属で安泰なら周りは植民地にならないんですよ。

連盟脱退はリットン決議によるものです。
連盟決議に国際法の地位はありませんが、
リットン決議は日本の利権を白人列強が管理するという内容です。
日本の利権は国際法に則った正当な権利なのだから、日本としては
というか法と国益を順守する立場から呑むわけには行きません。
日本にとって満州権益は
山東半島権益のように譲歩できるものではありません。

内田外相の言葉にもある通り、
満州事変は張作霖の国際法違反排日行動から起きた軍事衝突事件ですが、
大東亜戦争とは関係ありません。
それがあろうと無かろうと、米の支那奪取野望や
西安事件による蒋の容共、上海侵略、英米の援蒋は変わらないわけですから。

というか先ほどから「正義が~」とか抽象的感情論しか述べてない人が
他人の発言が主観か客観かを判断できる資格も技倆もありませんよ。
外地獲得を「帝国主義だ」と批判していながら
現地に返還したら「外交的無能」とか支離滅裂ですし。
ソ連がいない時代にソ連引っ張り出して侮日発言ですし。

◆mixiのJ

>ある国が「それは条約違反だ」と言えば
>客観的に条約違反ということにはならないんです。
>しかも「スティム(ソ)ン・ドクトリン」は米国の主張。

スティムソン・ドクトリンは確かに米国の主張ですが、
国際連盟総会でも満洲國不承認決議をされているので、
「客観性」は有しています。

>何度も言いますが白人従属で安泰なら周りは植民地にならないんですよ。

第一次世界大戦の結果、
世界の主導権を握ったのは英米アングロ・サクソン諸国です。
彼らは自分たちに都合のいい「現状維持」のために、
以後の植民地拡大を禁じるようにルールを変えたのです。
よって植民地化の脅威は存在しません。

>リットン決議は日本の利権を白人列強が管理するという内容です。

日本のとった軍事行動は「自衛」とはいえない。
しかし、日本が満洲に持つ特殊権益の正当性は認める。
シナの日本に対する経済的ボイコットはよくない。原状回復を求める。
これがリットン決議の大雑把な概要です。

>日本の利権は国際法に則った正当な権利

正当に認められた日本の利権とは、
旅順・大連の租借権と旅順~長春間の鉄道の経営権です。
遼東半島南端のわずかな土地と、そこと長春を結ぶ線だけです。

>満州事変は張作霖の国際法違反排日行動から起きた軍事衝突事件

張作霖の排日行動によって起こったのは、
張作霖爆殺事件(1928年6月4日)です。

>大東亜戦争とは関係ありません。

大いに関係があります。
大東亜戦争も、満洲事変も、原因を辿っていくと、
ポーツマス条約締結当時の満洲に対する
日米両国の思惑と切り離すことはできません。

19世紀末、シナ大陸への帝国主義的進出に遅れた米国が列強に対し、
国務長官ジョン・ヘイの名で門戸開放・機会均等を要求したのは周知の通り。
また、日露戰爭の際には、米国は日露の和平交渉を仲介した。
これは決して慈善行為などではなく、「見返り」を求めてのことだった。

見返りとは、日本がロシアから得た満洲の権益に割り込ませてもらうこと。
米国の鉄道王ハリマンが南満洲鉄道に出資することになり、
桂太郎との間に「桂・ハリマン覚書」が成立。
ところが、ポーツマス講和会議から帰国した全権大使の小村寿太郎が
これに猛反対して鉄道買収契約を一方的に破棄させた。

これが日米関係が外交的に冷却化していく第一歩の出来事。

◆my日本のS

繰り返しますけど連盟(白人)の主張が「客観性」ではありません。
満州国は後にアジア各国に承認されています。

そしてまたまた繰り返しになりますが、
覇権争いは戦後でも行われています。
「拡大を禁じる」だとか「脅威がない」とか主観を通り越して妄想です。

それに満州権益は以前から日本が持っていたもので、
リットン決議によって白人が奪おうとしたから脱退したのです。

支那軍に攻撃され事変となったからと言って明け渡す必要はありません。
先ほどから客観ではなく白人側の主観しか述べてませんよあなた。

>遼東半島南端のわずかな土地と、そこと長春を結ぶ線だけです

よくもまぁそう平気で嘘を吐きますね。
ポーツマス条約と満州善後条約を読み直しなさい。

張作霖爆殺事件が張作霖の排日行動によって
起こったという証拠はありません。
満州事変はそういった張の違法排日行動の上に立っています。
繰り返しますが、
満州事変は塘沽協定で終結していますので大東亜戦争とは無関係です。
ポーツマス条約時の満州はさらに関係ありません。

ハリマンは一民間会社社長です。会社で契約破綻などよくある話です。
自国民一民間会社と外国政府との覚書が破棄されたからと言って、
その外国に対し国家が排除政策はおろか
国際法違反のテロ支援、不当制裁をして良いということにはならないんです。
こんなものを戦争の原因にしてはいけません。

蒋介石が無差別爆撃(侵略)を行ったり
英米がそれを支援したりしなければ戦争は起こっていません。
いい大人がそんな屁理屈捏ねてはいけません。

貴殿が述べているのは全て敵国の主観です。
結果論から日本の非を必死に探し、捏造してまで罵倒しているに過ぎません。
「日本が国際法違反した」と、
具体的な内容が無いことを除いて違法性を批判しています。
しかしこちらが相手側の違法性を批判すると
「それはあくまで日仏の」だとか「普遍の正義が」だとか、
相手の国際法違反を擁護しています。

◆mixiのJ

帝国主義の時代は第一次世界大戦で終わったんです。
古い時代の価値観は新しい世界では否定された。
これは何の根拠も無い私の主観などではない。
1918年にウィルソンの「14か条の平和原則」が発表されて、
以後の新世界秩序はこの理念に則って構築されています。

民族自決、秘密外交の禁止、軍縮、国際平和機構の設立・・
これらは帝国主義時代の外交を否定する価値観です。
国際平和機構の設立は「國際聯盟」として結実したし、
エチオピアに侵攻したイタリアは國際聯盟から
「侵略者」と決議されて経済制裁を受けた。
フィンランドに侵攻したソ連は國際聯盟を除名された。

國際聯盟がその当時の最大の国際機関であり、
國際聯盟以外の諸国が満洲國を承認したとしても、
それは「国際的に承認されている」などとはいえないでしょう。
国際的に承認されてはじめて「客観性」を有するといえます。

>それに満州権益は以前から日本が持っていたもので、
>リットン決議によって白人が奪おうとしたから脱退した。

このような事実はありません。
リットン報告書は日本の満洲権益を否定しておりません。

>ポーツマス条約と満州善後条約を読み直しなさい。

読み直しましたが、旅順―長春間の「線」からいくつか線が延びただけで、
日本の満洲権益が東三省(吉林省・黒龍江省・奉天省)の
全域にわたる広い「面」におよぶ、というふうには読み取れませんでした。

東三省(吉林省・黒龍江省・奉天省)の支配者だった馬賊出身の張作霖は、
北京政府(直隷派の呉佩孚)との2度に渡る戦争の末に北京に進出して、
1927年6月18日には自らを「安国軍政府陸海軍大元帥」と称し、
中華民国の元首を任じていたほどなんですよ。
この頃から傲慢になり日本に対して反抗的になった。

>満州事変は塘沽協定で終結していますので大東亜戦争とは無関係です。

同年には、張作霖は英米の支援の下に
奉天と海龍を結ぶ「奉海線」を開通させています。
なお、これは条約で禁止されていた「満鉄の併行線」です。
こういう事態に至って、関東軍は張作霖を排除しなければ
満洲問題の解決は不可能と断定した。
張作霖の排日行動が張作霖爆殺事件の原因になっているのです。

塘沽協定は単なる「停戦協定」でしょう?
その後もこの地域の不穏な状態は続き、
関東軍の「華北分離工作」につながります。
これを第2の満洲國化とみた蒋介石は対日戦争を決意しているので
その後の戦争にも大いに関係があります。

>貴殿が述べているのは全て敵国の主観です。
>結果論から日本の非を必死に探し、
>捏造してまで罵倒しているに過ぎません。

私が言いたいのは、自国が正しくて相手国が間違っているという歴史認識は
「政治的立場」であって、
過去の歴史の真実とは何の関係もないということです。

私はあなたがたの歴史認識の「欺瞞」を暴くために、
仮定として敵国の立場に身を置いているだけです。
私の「本心」ではありません。

「自分の国は正しい」という歴史認識は、
過去の事実のなかから自説の補強に都合の良い部分だけを寄せ集め、
都合の悪い部分は無視するか、
あれこれ理屈を並べて絶対に認めようとはしない。
韓国が日本に押し付ける「正しい歴史認識」はこの手の類。

韓国の「正しい歴史認識」をウソ・捏造と糾弾する人たちが、
自分たちの歴史認識を築くときに
韓国人の手口をソックリ真似るのは、滑稽としかいいようがないですね。

なぜ右派・保守の歴史認識がサヨクから馬鹿にされ、
そのサヨクは私の歴史に対する姿勢に沈黙を保つのか、
その理由をよく考えたほうがいいですね。

◆my日本のS

同じ主張には同じ反論しか返ってきません。
「第一次世界大戦で終わった」は貴殿の主観であり、
覇権主義は戦後も続いています。何度言っても同じです。

「14か条の平和原則」は
パリ講和会議でウィルソンが主張した「アメリカ側の主張」
でしかありません。
最後の14条だけが連盟発足に関わってるに過ぎません。
第一その米国自体が連盟に参加していません。
ソ連の平和に関する布告に対抗して出したものです。

繰り返しますけど、連盟主観が「客観的」ではないのですよ。
所詮白人列強勢力なんですから。
アジアの大半を植民地として所有する列強側の一方的主観が
国際的な客観になるわけないでしょう。
植民地側の主観は無視ですかいな。

>リットン報告書は日本の満洲権益を否定しておりません

ちゃんと読み直しなさい。
リットン決議で満州権益の管理は日本が行うとはなっていません。
というかその前に満州権益が何なのか
あなた理解できていなかったじゃありませんか。

>読み直しましたが、旅順―長春間の「線」からいくつか線が延びただけで、

全然読んでませんね。
というかどこに鉄道だけとか書いてあるんですかね。
ちなみに誰も「広い面が権益だ」なんて言ってません。

張作霖軍閥は関東軍のおかげで強力になりました。
支那の元首にはなっていません。
大元帥等を自称しただけで、
北京侵略に失敗して逃げ帰る途中で爆死するんです。
というか、そもそもその時代中華民国なんてあって無いようなものなので。

張の排日行動は北京侵略以前からありました。
張作霖爆死事件が日本によるものという確たる証拠はありません。
もし殺すなら勢いのある北京に侵略する前でしょうが。
負けて逃げ帰ってくる奴を殺しても別に利ありませんよ。
動機証拠共に不十分なんです。

停戦協定は「単なる」ではありません。
大東亜戦争はそれが拡大したものではありません。
華北分離は関東軍主導ではありません。
そもそも軍閥割拠の時代にあって、
独立自治を主張する勢力は各地に存在するんです。
権益を侵さない勢力を支持するのは当然の自衛です。

蒋介石があからさまに反共から反日に転じるのは西安事件以降です。
満州・華北ともに現地協定が結ばれていますので大東亜戦争とは無関係です。

貴殿が先ほどから主張しているのは全て敵国主観です。
まるっきり東京裁判主観ですよ。
というかご自分で「敵国の立場に身を置いている」と言ってしまいましたね。
それ、客観じゃないです。

日本側が間違ってないことを否定したいなら
それだけの論拠を集めてから言いなさい。

桂ハリマン覚書破棄を「それで日米関係冷却化~戦争の原因~」
と主張しておいて、
九国条約調印や山東半島返還等譲歩は「外交的無能~」
何とでも言えるじゃありませんか。
何が客観的ですか。ただの屁理屈ですよ。
条約もちゃんと読んでないし時系列も滅茶苦茶。
あなたが歴史を語る資格はありません。
左翼が貴殿に反論しないのは認識が左翼と同じ「捏造史観」だからです。

◆mixiのJ

>ちゃんと読み直しなさい。
>リットン決議で満州権益の管理は日本が行うとはなっていません。

日本の満洲権益(点と線の部分)は尊重されている。
國際聯盟が派遣する顧問の下で管理・統治されるのは
満洲國に相当する部分(面)ですね。

というか、あなたはもともと日本が持ってい満洲権益と、
関東軍の軍事行動によって新たに拡大された部分(満洲國)を
同一視していますよ。

>張作霖爆死事件が日本によるものという確たる証拠はありません。

これはむしろ逆でして、張作霖爆死事件がスターリンの命令にもとづいて
ナウム・エイティンゴンが計画し、日本軍の仕業に見せかけたものだと
する説には確たる証拠はありません、ですよ。

張作霖爆死事件・関東軍実行説は(現在のところ)歴史上の「定説」ですよ。
歴史作家の推理は定説を覆す新証拠にはなりません。
特定の史観を持った仲間内でしか通用しない「仮説」を
定説に置き換えるなど論外ですね

『岡田啓介回顧録』(1950)を読むと、張作霖爆殺の発案者は、
関東軍司令官・村岡長太郎(中将)で、河本ははじめ反対したが、
のちに単独で全責任を負って決行した、という話が出てきますよ。

どうして河本のせいだと政府がわかったのかといえば、
当時の政友会の領袖で鉄道大臣の小川平吉の筋からの
情報で知ったとありますね。

白川陸相は関東軍が爆殺を実行したことをなかなか信じようとしなかったが、
奉天に使者を送って関係者に尋問させ、
その報告で間違いないと確信して田中義一首相に報告したともある。

◆my日本のS

日本の満州権益は点と線じゃありません。
ポーツマス条約と満州善後条約をちゃんと読んでから書き込んでください。

リットン決議では満州権益の管理を日本から奪っています。
関東軍の軍事行動によって拡大された権益などありません。
満州国それ自体は日本の権益ではありません。
満州国など関係ありません。
リットン決議で日本から権利を奪ったのは
ポーツマス条約及び満州善後条約で明記されている日本の正当な権利です。

張作霖爆死事件が日本によるものという確たる証拠がないことに
逆とかありません。私はスターリン云々など一言も述べていません。
「スターリン云々の証拠がない=日本の犯行」とはなりません。
意味不明です。

新証拠も何も、定説とするだけの証拠がないと言っているのです。
証拠のない言いがかりが定説とされてしまっているのは
南京大虐殺や従軍慰安婦も同じです。
「これが定説だ!」と喚かれただけで
それを真実とするのは歴史の考察ではありません。

岡田証言は伝聞です。政友会のも同様。
南京でも「婦女暴行のみにても百余件」という現象が起こっていますが、
その域(つまり噂)を脱していません。

それと何度も言いますが、満州事変と大東亜戦争は無関係です。
あなたの「覚書と九国条約の矛盾」は聞こえないふりですか?

何度も言いますがあなたが述べているのは全て戦後敵国捏造史観です。
捏造史なんですよ。戦後敵国が作り上げた御伽噺なんです。
捏造史と正しい歴史を鑑みて客観とかないんですよ。

何ですか、自国の非とか何とか言って。
「九カ国条約に調印したのは外交的無能!ソ連は調印していない!」
「あぁそうなのかぁ。日本が無能だったのがいけないのかぁ、
ソ連のようにやればよかったんだぁ」
って結論になっていいんですか?

そういう見解がこの世に存在していいとあなた本気で考えてるんですか?
何が「右翼は馬鹿にされてる」ですか。馬鹿にできてるつもりなんですか?
歴史討論の場で「ソ連は調印してない!」とか言ってみなさいな。
今笑い者になってるのはあなたですよ?自覚あります?

捏造史の立場になったって何も解決しません。
過去から何も学ぶことはできません。
過去じゃないのですから。
逆に真実を追究することの邪魔になります。
現に今なってます。過去の話ができていません。
御伽噺に付き合ってる状態です。

今この状況、捏造までしないと日本の非はあったことにできないという
この状況が日本の無罪を証明しています。
あなたが喋ってるのは歴史ではありません。
嘘で日本を罵倒・侮辱しているだけです。敵国の走狗として。

◆mixiのJ

過去の歴史的出来事に対する見方、
認識の違いが生じるのは致し方ありませんが、
過去の歴史的出来事そのものを否定するのはさすがに看過できません。

村岡長太郎主謀・河本大作実行説が岡田証言以外のところからも
出てくる理由を説明してください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B5%E4%BD%9C%E9%9C%96%E7%88%86%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

数々の証言や記録に根拠をもつ張作霖爆殺・関東軍犯行説を覆すには、
それらを覆す新証言や記録をもって当たらなければ話にならないでしょう?
あなたに無理なら、My日本の歴史博識家に助力してもらってください。

有名な外相の重光葵も、『昭和之動亂』(1952)中央公論社で
張作霖爆殺・関東軍犯行の立場を採っていますよ。

◆my日本のS

歴史の認識の違いではありません。あなたのは捏造史・嘘です。
嘘は歴史的出来事ではありません。

まさかとは思いましたが、wikipediaを資料としているのでしょうか。
呆れを通り越して哀れみを感じます。
「南京での日本軍の非行」も何人もの日記に出てきます。
全て伝聞で、元を辿れば「噂」に辿り着きます。

何度も同じこと言わせないでください。
関東軍犯行説は証拠として成り立ってません。
新証言の必要はありません。「有名人の発言」は証拠になりません。

繰り返します。満州の出来事は大東亜戦争とは無関係です。
大東亜戦争を考察する上で何の意味もありません。
戦後のこじつけだからです。
何度も関係ないと言っているのに、聞こえないふりして、目をそらして
馬鹿の一つ覚えのように満州の話を繰り返す。都合の悪い話は無視ですか?

「ソ連は調印していない!」はどこへ?
「覚書で日米関係冷却化!」はどこへ?
何で大東亜戦争と無関係の満州の話しか返してこなくなっちゃったんすか?

◆my日本のO (S氏と見解の違いあり)

十二社池の下さん、その件に関しては以前、私の日記で議論しましたよね?

●リットン反日調査団が長期にわたって調査したリットン報告書でさえ、
「神秘的な事件だ」という主旨で、
結局のところ、よくわからないということになっています。

●そもそも日本が張作霖を後押ししたから張作霖は満州で威張れていたのに、
満鉄線に平行して鉄道を敷こうとしたり、
コロウ島に新しい港を築いて、大連の港を枯死させようとして
日本の満州権益を侵すようになっていました。

●さらに張作霖は蒋介石に戦いを挑んで北京に進攻しましたが不利になり、
支那の軍隊を連れて満州へ逃げ帰って来ましたが、
それを蒋介石軍が追いかけて来たら満州が戦場になってしまうので、
日本としても考えるところはあったでしょう。

●最近はコミンテルンの仕業という話が出てきています。
最近のロシアの歴史家たちは、
スターリンが日本の孤立につけ込んで
関東軍に秘密工作を行って張作霖を爆殺した、という説を唱えています。

動画「張作霖爆殺事件はソ連特務機関の謀略であった」
http://www.youtube.com/watch?v=1si9hA_vfsk

また、最近、新たな視点から書かれた毛沢東伝「マオ」(ユン・チアン著)が、
コミンテルンの謀略であったことを明らかにしています。

●息子の張学良は亡くなった父親に代わって
満州を支配するようになりましたが、
父を日本に殺されたと思い込んで恨み、
満州に権益を持つ日本と何の交渉もせずに、
「満州は支那の一部だ」と宣言して蒋介石の国民党と手を組み、
国民党勢力が満州に入って日本にテロ攻撃を繰り返していました。

◆mixiのJ

>まさかとは思いましたが、wikipediaを資料としているのでしょうか。
>呆れを通り越して哀れみを感じます。

前のレスは見なかったことですか?
典拠元は『岡田啓介回顧録』(1950)張作霖爆殺のくだりは
P36から出てくるよ。

それから重光葵の『昭和之動亂』(1952)も持っている。
これらの文献の張作霖に言及した箇所と、
wikipediaの「張作霖爆殺事件」を読み比べると、
事件の背景、事件に至るまでの経緯がほぼ一致しているよ。

>関東軍犯行説は証拠として成り立ってません

歴史上の通説、定説が成り立つからには、まず関係者の記録や証言があり、
それらの一次史料をもとにアカデミックな場で積み重ねられた研究があり、
つまり客観的根拠があるんですよ。
そういう過去の蓄積を嘘・捏造と断定できるあなたは何様なんですか?

都合の悪い話に目を向けると、
「ソ連は調印していない!」は私の勘違いだったことは認めます。
しかし、満洲における日米の利害対立が
大東亞戰爭の遠因になっているという見方には変わりありません。

◆my日本のS

wikipedia貼り付けてきたことに呆れてるんですよ。
前述しましたけど岡田証言は伝聞です。重光さんのも同様です。
「南京での日本軍の非行」もそれぞれの日記がほぼ一致しています。
当たり前です。元を辿れば同じ一つの噂だからです。
その噂を聞いたそれぞれの人が日記にしたり証言したりしたんです。

何度も言いますけど、
その通説・定説というのは戦後都合よく作られたものです。
所謂南京大虐殺もしかり、所謂従軍慰安婦もしかりです。
あなたはこれらを「定説だ!」と喚き、
歴史的事実と決め付けて肯定しているに過ぎません。

確たる証拠がない以上、
確定事項として話を進めるのは非常に危険なことです。
これをこんなもので確定事項にできるなら自称慰安婦本人の"証言"がある
「従軍慰安婦」は紛れも無い真実だとかいうことになってしまいます。
これは歴史の考察ではありません。

大東亜戦争の原因だというのもあなたの勘違いです。
戦後、戦勝国は「日本の悪行」を探さなくてはいけないので、
あれも日本のせい、これも日本がやったことに違いない と、
こじつけただけです。

何度も言いますけど満州事変は塘沽停戦で終了しています。
あんなもの起ころうと起こるまいと、米の野心も変わらなければ、
ソ連の対日戦略綱領にも変化はありません。
それを遠因とするなんて戦争を考察する上で何の意味もありませんよ。

漁船衝突事件について「靖国参拝が原因だ!」と吠えるようなものです。
靖国に参拝しようとしまいと、支那は尖閣にちょっかい出しますよ。
太平洋に出たいのですもの。

◆mixiのJ

河本実行説を当時の鉄道大臣・小川平吉の筋から知ったとする岡田証言は
確かに「伝聞」ですが、河本に直接会って話をした小川平吉の話であれば
「伝聞」とはいえないですよ。

―――――――――――――――――

『小川平吉関係文書』みすず書房(1972)P627

其後昭和五年間居中河本大佐は永田大佐と共に予を平塚に訪ひ、
具さに当時の事を語れり。
其談によれば初め村岡司令官の発意に対し反対せしが、
後に至り独自全責任を以て決行せりといふ。
而して劉に対しては金円贈与の約をなしたることなしといへり。
惟ふに此点は安達氏の取計らひならん乎。

―――――――

『岡田啓介回顧録』P36

計畫を発意したのは関東軍司令官村岡長太郎中将で、
河本ははじめ反対したが、
のち単独で全責任を負って決行したということだった。

―――――――――――――――――

小川平吉の話と一致していますよね?
それもそのはず、岡田証言は小川の話が元になっているのだから。

◆my日本のS

事件は奉天の内田五郎領事率いる日支合同調査隊の報告書があるのですが、
それら「定説」の爆弾設置箇所と結果では明らかな矛盾があるんですよ。
あくまで「真相(犯人)は分からない」が結論なのですが、伝聞の件と
少なくとも河本供述の信憑性を含め、確たる証拠には不十分なんですね。
斉藤関東軍参謀長の所見でも同様です。

証言や供述でそれが真実になったら
従軍慰安婦が存在したことになってしまうのは前述した通り。

そんな張作霖爆死事件てのは大東亜戦争はおろか
満州事変(柳条湖事件)とも関係が薄いのに
いつまでこんな話してるんでしょうね。

満州事変は別に張作霖が殺されたからとか復讐でとか
起こったものじゃないですしね。
息子の張学良は蒋介石に抵抗してた父親に誓って奉天独立を守る!
とは逆に易幟で服従しちゃうし。

第一、「満州事変が遠因だ!」なんて発言は自分の首を絞めるだけですよ。
何度も言いますけど満州事変は塘沽協定で終了しているんですよ。
停戦協定ってのは「今後この件で武力交戦してはいけませんよ」
という国際法、条約なんです。

蒋介石の上海侵略から始まる支那事変及び大東亜戦争を
「満州のカタキ!」とかして攻めてきたなら
それこそ停戦協定違反、国際法違反で支那の落ち度にしかならないんですよ?

まぁ別にそうでなくとも
支那の国際法違反であることには変わりないのですけど。
現実に塘沽協定後、
蒋介石は満州国黙認で掃共戦闘に励むってのに遠因も糞もありゃしませんよ。

◆mixiのJ

張作霖爆殺事件は「伝聞」情報しかないと断言した佐藤さんに、
それを覆す事例を示したのですが、そのことに対しての反論が無いですね。

>あくまで「真相(犯人)は分からない」が結論なのですが、
>伝聞の件と 少なくとも河本供述の信憑性を含め、
>確たる証拠には不十分なんですね。
>斉藤関東軍参謀長の所見でも同様です。

あなたの言っていることが正しければ、
張作霖爆殺事件は、「結局のところよくわからない」が通説になって、
事件の原因をめぐる議論では河本大作の「こ」の字も
出てこなくなるんですよ。

実際にそのようになっていますか?
(客観的な)現実を見なさい、としか言いようがないですね。

それから、過去の歴史的事件はひとつでも、
その見方・解釈・評価について意見が割れるのは仕方のないことですが、
新証拠が発見されたり、新説が発表されて
それが支持され通説が覆される場合を除いて、
手前勝手な都合で「通説」を否定するのは
歴史議論においてはマナー違反なのでやめましょうよ。

過ぎ去った遠い過去の「絶対的真実」なんて、
張作霖爆殺事件に限らず誰にもわかるわけないんですよ。
残された文字記録を元に、
過去の実像にせまろうとするのが社会科学としての歴史なんです。

「通説」は、もちろん過去の歴史の「絶対的真実」などではないが、
「現時点では」有力な真実であると客観的に評価されているものです。
記録や証言の裏づけはもちろん、
研究者による緻密な研鑽の蓄積を背景に有しているものです。
ポッと出の駆け出しの素人が
一朝一夕に「これは、ちがう」などと否定できる代物ではありません。

>証言や供述でそれが真実になったら
>従軍慰安婦が存在したことになってしまうのは前述した通り。

従軍についての文字遊びはさておくとして、元・従軍慰安婦がいるのだから、
従軍慰安婦が存在したことは紛れもない事実でしょう?

河野談話で問題になっているのは、
(朝鮮人)慰安婦の、政府関与による募集の「強制性」についてです。
朝鮮人の元・慰安婦たちは、日本の官憲や軍人に
無理やり拉致されて慰安婦にさせられたと証言・供述しているが、
何が問題なのかといえば、いつ、どこで、誰によって拉致されたのか
について具体的なことがまったく不明な点にあるのです。
近隣の住民や親族の目撃証言すらないんですよ。

こんなものと、具体的に実行者が特定されて、
幾多の関係者の証言・供述の裏づけをもつ
張作霖爆殺事件が、同一次元で語られてよいわけがありません。

>そんな張作霖爆死事件てのは大東亜戦争はおろか
>満州事変(柳条湖事件)とも関係が薄いのに
>いつまでこんな話してるんでしょうね。

大いに関係があるから追及しているのですよ。
キーマンは「張学良」だからです。
もしも張作霖爆死事件が無かったら、
彼は単なるアヘン中毒のお坊ちゃんで人生を終えたかもしれない。

少なくとも、殺された父の仇を討つために、
満鉄の併行線をもって満鉄に不当廉売(ダンピング)をしかけたり、
(満洲事変の原因のひとつ)
日本を共通の敵として国民党と共産党の合作を期すために
蒋介石を軟禁することはなかった。

ならば、第二次上海事変も、あの時点では起こらなかっただろうし、
タイムラグによって日米の戰爭(大東亜戦争)も
起こらなかった可能性がある。
(同盟国ドイツのバルバロッサ作戦失敗によって対米開戦を躊躇する)

>満州事変は別に張作霖が殺されたからとか
>復讐でとか起こったものじゃないですしね。

前述のとおり

>息子の張学良は蒋介石に抵抗してた父親に誓って奉天独立を守る!
>とは逆に易幟で服従しちゃうし。

張学良の易幟(国民政府に降伏)は「形式的」なものです。
軍隊も、領土も手放してはいませんよ。

【文献引用】 『東亞全局の動揺』 松岡洋右 先進社 1931年9月25日 P46

「それから張學良は一應は蒋介石と提携して、
民國中央政府に忠誠の意を表した形となつて居るけれども、
是又満蒙と河北、山東、山西、河南四省を擁して、
宛然一大勢力圏を劃し、必ずしも國民政府の命令に悉くは服従しない」

◆my日本のS

あれだけ言ったのにまだ張作霖爆死事件の話してるんすね。
私が同事件について「伝聞情報しかない」と断言した記憶はありません。
あると仰るならその文章を抽出してください。

>「結局のところよくわからない」が通説になって

確たる証拠がなければそういう結論にしかならないんですよ。
あとは可能性の話になります。

貴殿の主張する「定説」通りだと日本政府や陸軍はおろか、
関東軍の犯行でさえない「河本グループ単独犯行」となるので、
日本側の暗躍だとか仕業だとかの話にはならないんですが、
先術の爆弾の話や動機やその後の利、合理性で見たら
関東軍側よりもソ連や張学良の可能性のほうが高いんですよね。
あの状況で共産側が鼻ほじって傍観してるわけなく、
工作していたと考えるのが妥当なわけで。

まぁ「共犯説」なんてのもあるぐらいなので何とも言えないのですが、
結果的に確たる証拠がないに変わりありませんよ。
客観的というのは私が先述した爆弾の話を説明付けてからでしょうな。

またまた何度も言いますけど
貴殿の主張は捏造なので意見が割れるとかじゃないんですよー。

そして、またまたまた言いますけど、
矛盾する証言などで確定事項にするのは危険なことなんですよ。

新説が発表されなければ矛盾しててもそれが真実だと確定することの危険。
そして「通説だ~」と喚いて確定事項にしようとするのなら
所謂従軍慰安婦のってこれ何回言ったでしょう。
「通説だ~」で反論を受け付けないほうがマナー違反ですよ。
さすが「敵国の立場に身を置いている」ですね。

「絶対的真実」でないところを反省しても先はないんですよ。
反省しなくても良い部分を反省して
本来反省しなくてはならない部分があったとすれば
それをしないできない、さらに「通説だ~」で見つける努力も邪魔する。
矛盾や不可解な点がある以上、
断定しないほうが視野が広がり真実に近くなりますよ。

従軍は文字遊びではありません。
案の定と言うべきか、自称従軍慰安婦がいたら
存在したことになってしまうんですね、あなたの中では。

>河野談話で問題になっているのは、

政府や軍主導でなければ「従軍」とは言いません。
証拠が無い以上「従軍慰安婦」は存在しません。

張作霖についても先述したように
供述と現場検証では不可解な部分があります。

第一、あなたの主張なら定説とされてる従軍慰安婦なのだから
張作霖と「一緒」でなければ矛盾します。

>大いに関係があるから追及しているのですよ。

関係ありませんよ。
事件が無かったら戦争になってないとか妄想甚だしいですよ。
まさにこじつけですな。

何回も言いましたけど満州事変は張作霖爆死事件で
起こったものじゃないのですよ。
併行線なんてそれ自体が反日国際法違反で
張作霖時代のものなんですから。

日本を敵として合作させるのは張学良ではなくソ連の方針です。
その工作に張作霖の死はまったく関係ありません。
張学良が共産に寝返るのも同様です。

そもそも、仮にあなたの言う通りだとしても、
だからと言って上海に攻めて無差別爆撃していいわけではないんです。
先ほどから主観や妄想通りこして願望になってますよ。

何度も言いますけど、張作霖が死ななかったぐらいで
米の野望やソ連の工作に変化があるわけないでしょ?
しかも日米開戦は石油等全面停止から数ヶ月の差し迫って
やむをえなくなのに躊躇してる余裕なんかありませんよ。

形式的だろうと父の方針とは反対ですし、
易幟したせいで督戦なんてことになって西安事件に繋がるのですから。

張作霖が死ななかったぐらいで米野望もソ連工作も通りこして
戦争が起きないとかこじつけられるなら
尚更「張作霖の抗日が無ければ」から北洋軍閥分裂が無ければ
→辛亥革命がなければ→ロシア南下がなければ
→モスクワとアラスカの間に熊がいなければ
→と、どんどん飛躍できてしまいますね~。

まぁ冗談はさておいて、繰り返しますけど、
張作霖爆死事件を理由に上海に攻めてよい理由はないんですよ。
支那が国際法を無視して
そういうテロ行為を行わなければ戦争は起きてないんですよ。

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「ある天皇反対論者」と「my日本のSさん」の議論

◆ある天皇反対論者

万民みな、あらゆる選択肢が人生の中で選択できるなら、
天皇でさえ路上生活者になる選択肢があってこそ平等ではないのですか?

日本の先住民だったアイヌ人が侵略に会い、北と南に分けられた。

身分制度の始まりはインドのカースト制度が出発点です。
カースト制度の頂点はバラモン階級と呼ばれる人々で、
こういう人たちは司祭者と呼ばれる人々です。
日本においては天皇なのです。
第二次世界大戦で天皇を神だと崇め、
民衆をたぶらかしたのがいい例ではないですか。

天皇が良くて共産主義が良くないという理由がよくわかりません。

共産主義はもともと国家権力に対する集団です。

私は、天皇というフィクションの存在を神格化し、
民衆を統圧しようという思想が危ないと言っているのです。

共産主義は崩壊しますが、天皇制だけ崩壊しないのは、
天皇が民衆から誕生した人物ではないからです。
天皇先祖は渡来人です。
そもそも国籍のない人間が日本国の象徴であるという
間違ったシステムが問題なのです。
日本が、いかにエセ民主主義だということが理解できると思いますが。

◆my日本のSさん

完全な平等が必ずしも万民を幸せにするわけではありません。
人類、文明と宗教(伝統文化)は切り離せないので、何かに縋るのも人間です。
望んで路上生活者になる人はいないと思いますが、
時の運で路上生活になってしまう方もいるでしょう。
君主も例外ではありません。

実際に溥儀は北京政変で危うく路上生活者です。
臣民からの支持信頼あっての君主。
日本に限ったことではありません。

侵略し侵略されなんてのは古来では特に人類文明の常なので
それで建国した君主の地位を否定するのは意味のないことです。
アイヌ人だろうが強ければ侵略する側、弱ければ侵略される側。
時代を経て作り変えてきた今という時代の常識を
遠い過去に当てはめても何も始まりません。

それに身分制度の始まりがインドのカースト制度なんて
どこの情報なんですかね。
身分制度なんてどこか一国から広まったわけないじゃないですか。
集落が形成されれば自然に発生しますよ。
インドのカースト制度なんて紀元前1000年ちょっとぐらいから。
エジプトのファラオだとかなんて紀元前2000年以上前の話ですよ。

天皇陛下を含む君主制と戦争を結びつけるのは
左派等が権力闘争に使う最も無意味な話です。
戦争に君主制や共和制は関係ありません。
政府として戦争に勝つために民衆を煽るのは当然のことです。
むしろそれをやらなければ勝つことに全力じゃない、
それこそ責任を問われます。

2度の世界大戦の死者数より多い犠牲者を出した虐殺、独裁、
今戦争を頻発させたりしてるのはほぼ共和制国家です。
自衛か否かはおいといて、
繰り返しますが戦争する場合、共和制か君主制かは関係なく
政府は民衆を煽るのですから、民衆からの支持が高い君主がいれば
君主が高く掲げられ、君主がいなければ他の何かで民衆を煽るのです。
戦争に君主制は関係ありません。

地位の話で渡来人かどうかはさらに関係がありません。
渡来人でなければどうなのでしょうか。
国籍の有無も全く理解不能です。あれば納得するのでしょうか。
民衆から誕生すれば崩壊して、そうでなければ永劫の理屈も意味不明ですし、
崩壊しないほうがいいじゃないですか。

民主主義の定義は議会の下院の議員が公正な選挙で選ばれているか否かなので
君主の地位云々が直接民主主義云々の話にはなりません。

こと日本からすれば國體護持が基礎であり、共産主義は悪に他なりません。
日本は天皇陛下により建国されたので
それを破壊する共産主義は日本からすれば悪にしかなりませんよね。

最初にも申し上げましたが、
文化伝統を否定するのは自らを含む人類を否定する所業です。

日本は1000年以上前から天皇陛下が存在する君主国家であり、
そういう文化の国なのです。
それが外国勢力発 付け焼刃のような思想で破壊するのであれば
アメリカ大陸に侵略して現地文化を野蛮と決め付けて
虐殺した白人と変わりません。
天皇は日本にしかいないのだから嫌なら出て行けば問題解決ですよ。
世界最古の王朝という文化があるなんてありがたいじゃありませんか。

そしてこれも最初に話したことですが、何かに縋るのは君主側ではなく
民衆側の心理として人類の根底にあるものですから。
たとえ天皇を消したところで、情勢不安になり、
民衆からの支持を得た英雄が現れたら
貴殿が懸念するようなことは起こるのですよ。
その土台は民衆(人間)の根底にあります。
天皇云々ではなし天皇を消して解決する問題じゃないんですよ。

◆ある天皇反対論者

天皇は、路上生活者にはなりません。

生活保護者の不正受給を言うなら、
皇室に一体いくらのお金が使われているか、
もっと真剣に議論するべきですよ。

何を言ってるのかよくわかりませんが、
日本は二度の侵略戦争で大敗している。

これは、天皇を中心とする国体一論の過ちであります。
ですから政教分離を定めてんですよ。

あなたは間違っている。
日本を作ったのはいさなぎ・いざなみのみことです。
もう少し勉強をしたほうがいいですよ。

大東亜戦争にしても太平洋戦争でもこれらの戦争においては、
二度ともも日本は侵略戦争をしてるということですよ。
あなたは、本当にあたまが悪い。

1931年に関東軍の独断による柳条湖事件を契機に満州事変が勃発し、
1932年に傀儡国家満州国を成立させる。
日本の大陸の利権拡大を良しとしない列強国との対立から、
ついに1933年には国際連盟を脱退。

1937年には盧溝橋事件をきっかけとして
日中戦争(支那事変・日華事変)が勃発。

第二次上海事変以降華中にも飛び火し
日本政府の予想とは別に発展していった。

「支那事変」は、この後事変と呼べないほどに戦闘は激化し
軍部の予想さえも外れて短期間での収拾が見込めなくなった。

結果、近衛文麿内閣は1940年に東京で国際博覧会と同時に
開催される予定だった東京オリンピックの開催権を
1938年7月15日の閣議決定により返上するなど、
軍部の要求から国民総動員で臨戦体制を固めてゆく。

1939年9月のドイツのポーランド侵攻後、
1940年中頃には同盟国のドイツ軍がフランス全土を占領したことに伴い、
日本軍はフランス領インドシナへ進駐したものの、
この進駐にアメリカやイギリス、さらに本国をフランスと同じく
ドイツに占領されたオランダなどが反発し、
これらの国々と日本の関係は日に日に険悪さを増していった。

始まり

1937年(昭和12年)

7月7日 - 盧溝橋事件(北支事変)勃発

8月13日 - 第二次上海事変

日中戦争(支那事変)勃発の日付についても、
7月7日の盧溝橋事件とする見方と、
8月13日の第二次上海事変とする見方とがある。

1941年(昭和16年)

12月8日 - マレー半島侵攻、真珠湾攻撃、日本政府による対米英宣戦布告

同日、開戦の詔書(米英両国ニ対スル宣戦ノ大詔)が発せられている。
なお戦時中は12月8日を開戦記念日と呼び、
毎月8日を大詔奉戴日と呼称した。
詔書は「聖戦の詔書」・「米国及ビ英国ニ対シ宣戦ニ際ニ下シ給ヘル詔書」
ともいう。

◆my日本のSさん

この世に絶対はありません。
先述したように、溥儀でさえ路上生活寸前に陥ったのです。
繰り返しですが、臣民からの支持あっての君主です。
皇室費と生活保護不正受給を比べる理由が分かりません。
皇室にいくらお金が使われようと、不正にも違法にもなりません。

日本は一度も侵略戦争をしていませんし、
「2度の大敗」の詳細を提示していただきたく思いますが、
戦争の敗北と君主制の否定は無関係です。
前述したとおり、戦争というのは共和制でも起こります。
もしかして「天皇がいなれば戦争は起こってなかった」とお考えなんすかね。

伊弉諾尊、伊弉冉尊が造ったのは日本列島です。
そこに都を建てて国をひらいたのは天皇陛下です。
しかも二神は皇尊の祖先ですし。
もう少し勉強をしたほうがいいですよ。

大東亜戦争を戦後GHQが太平洋戦争ってことにしましたが、
後者には法的地位がありません。
そして大東亜戦争は侵略ではありません。

柳条湖事件が関東軍によるものという論拠は非常に薄いものです。
確たる証拠はありません。

満州国が傀儡というのも敵国の主張ですね。
日本は満州権益を拡大しようとはしていません。
張作霖はじめ反日テロ組織から妨害を受け、
ついに軍事衝突となると、連盟はリットンを派遣し、
満州権益を日本から白人勢力の共同所有に変えようとしたんです。
だから日本は脱退しました。
元々持ってた満州権益の死守行動です。
満州事変と盧溝橋事件は共に大東亜戦争の発端ではありません。
どちらも停戦協定で終了しています。

なので上海事変に「飛び火」したんじゃないんですよ。
蒋介石がいきなり侵略してきたんです。上海に。

繰り返しますけど、前2つの事変は停戦協定で終了してるんですよ。

仮に終了していなかったとしても、
北京や満州での軍事衝突を理由に
上海無差別爆撃して良いことにはならないんですよ。
蒋介石のやったことは何の法的根拠もない、
一切の自衛行為ではない、侵略です。

事変が長期化したのは英米が援蒋したからです。
敵が攻めてきて応戦しなくちゃって時に
博覧会も五輪もないでしょうに、常識的に考えて。
そんなもん戦争終わってからでもできるでしょうに。
しかも反対第一声は河野一郎で軍部じゃないですし。

仏印駐留は援蒋遮断のためですし、合法的駐留ですよ。
「援蒋」がなければこんなことする必要がないんですよ。
この合法駐留に対して貴殿の仰る通り、
米国は対日不当制裁をするんですよ。
本当に憎らしいですよね。
自分でテロ支援しておいて、相手がそれを合法的に遮断しようとしたら
今度は不当制裁ですよ。これが開戦の原因でしょうね。
こうやって蒋介石は援蒋でどんどん強くなり、
日本は不当制裁でどんどん弱まります。
テロリスト蒋を英米が支援したことで
日本は負けてしまうかもしれないんです。

援蒋を遮断し、英米から不当に奪われた資源を取り返す、
まさに自衛ですよね。
不当制裁は8月1日に全面禁輸されました。
近衛首相が「10月までに解決しなければ開戦」と決定します。
しかし実際に開戦したのは12月です。
日本はそこまで粘り強く和平に臨んだんです。
一切批判されるようなことはしていません。
貴殿が今言ってるような歴史観は全て、
戦後敵国が日本を叩くために作り上げた歴史です。
戦勝国にとって日本は極悪侵略者でなければ都合悪いんです。

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『大東亜戦争の大きな流れ』超短縮版
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東京裁判(極東国際軍事裁判)
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