●正統史観年表 戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳 |
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1936年9月19日『漢口邦人巡査射殺事件』、23日『上海日本人水兵狙撃事件』
◆1936年9月19日、漢口邦人巡査射殺事件。 漢口で日本領事館の吉岡庭二郎巡査(長崎県出身)が射殺される。 事件発生時の中華民国では、 中国共産党による反日宣伝活動が浸透し抗日運動が盛んに行われていた。 1936年9月19日午前11時半、 漢口日本租界 河街大正街(バンド下端租界境界線)にある 日本総領事館第9号見張所に立番中の吉岡庭二郎巡査(長崎県出身)が 日本租界に隣接するスタンダード・オイル社前の道路から 7~9mほど入ったところの煙草屋で店主と談話していたところ、 河下からやってきた37~8才の支那人(中国人)が隠し持っていた拳銃で 至近距離から吉岡巡査の左頚部を狙撃したため、巡査は即死した。 事件直後に日本総領事館から揚永泰州政府主席と呉市長に対して 事件の通知と犯人逮捕捜査の要請がなされた。 9月22日には三浦義秋総領事と揚永泰州政府主席との間で会談が行われ、 三浦総領事からは中山水兵射殺事件を始めとする一連のテロ事件が 本事件の導因となったことなどから支那側の責任が指摘されたが、 揚永泰は犯人捜査には協力するが事件は日本租界内で起きたことであるとして 支那側(中国側)の責任はないと応じた。 これに対し、三浦総領事からは支那巡警が巡察している場所で 事件が起きており、支那が当該地の外国企業から課金していることなどから 支那に責任があるとする指摘が改めてなされた。 その翌日の23日、 またもや上海共同租界で日本の水兵が狙撃される事件が起きた。 ↓↓↓ ◆1936年9月23日、上海日本人水兵狙撃事件。 上海共同租界で上陸散歩中の日本海軍第三艦隊旗艦出雲乗組員の 水兵4名が4~5名の支那人により銃撃され死傷。 日本人居留民保護のため、日本海軍陸戦隊3個大隊が租界に緊急派遣された。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%8F%A3%E9%82%A6%E4%BA%BA%E5%B7%A1%E6%9F%BB%E5%B0%84%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6 |
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