正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳

ホーム 全記事一覧 << 徳川幕府滅亡(大政奉還、王政復古の大号令) 五箇条の御誓文 (明治政府の基本方針) >>
1868年~1869年(慶応4年/明治元年~明治2年)、戊辰戦争
※慶応4年/明治元年の干支が戊辰だったことからこの名で呼ばれる。

天皇のもとに作られた新政府の指導者に任命されたのは
討幕派の公家と武士(薩長勢)たちで、
徳川慶喜(幕府勢)は排除されて領地の返上を命じられた。

旧幕府軍はこれに怒り、1868年(慶応4年)1月、
京都の鳥羽・伏見で、薩長両藩を主体とする新政府軍に
戦いを挑んだが敗北した(鳥羽・伏見の戦い)。

西郷隆盛は新政府軍を率いて旧幕府軍を追撃、
両群の戦いは全国的な内戦に発展した。

結局は、1869年(明治2年)5月18日、
新政府軍が勝利し、旧幕府軍は滅亡した。

この1年半に及ぶ内戦を戊辰戦争という。
2010/02/24 06:00|年表リンク用資料
Copyright(C) 2006 正統史観年表 All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.