正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳

ホーム 全記事一覧 << いわゆる「南京大虐殺」についての反論ページ 上海共同租界を中心に説明 >>
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私の同志であるオイラさんのサイト
【オイラの!】2chネラーなりに一生懸命調べた南京事件【完全否定論】
http://bit.ly/1GCsete
http://oira0001.sitemix.jp/
の下記URLページ内容を 大まかに このページに保存させていただきました。

【第36項】『戦数』と『軍事的必要』
http://bit.ly/1MlFXAW
http://oira0001.sitemix.jp/frame36.html
【第37項】国際法学者立博士と『戦数』【前編】
http://bit.ly/1Wp3OFw
http://oira0001.sitemix.jp/frame37.html
【第38項】 国際法学者立博士と『戦数』【後編】
http://bit.ly/1M6BAxV
http://oira0001.sitemix.jp/frame38.html
【第39項】国際法学者藤田教授と『軍事的必要』
http://bit.ly/1Mydu0W
http://oira0001.sitemix.jp/frame39.html

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歴史学者が実証的に確定させた歴史的事実に対して、
国際法学者が国際法の見地から法的判断を下すのが正しい姿といえますが、
いわゆる南京大虐殺に関しては歴史学者たちが勝手な国際法解釈をし、
それを多くの読者が鵜呑みにしてしまっている状況が大問題です。

◆佐藤和男……法学部教授、国際法学者
◆秦郁彦………法学部教授、歴史学者
◆笠原十九司…文学部教授、歴史学者
◆洞富雄………文学部教授、歴史学者

国際法解釈の難しさ
http://bit.ly/1M0vn2Z
http://oira0001.sitemix.jp/frame34.html
日中歴史共同研究・座長:北岡伸一教授(政治・歴史学者)の曲解
http://bit.ly/1kXrNjw
http://oira0001.sitemix.jp/frame35.html

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戦数(戦争の必数)

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戦争中は仕方がない場合もある。
「戦数(せんすう)=戦時非常事由=交戦条理=クリーグスレーゾン」

▼『日本大百科全書』 「戦数(せんすう)」
クリーグスレーゾン、戦時非常事由または交戦条理といわれることもある。
戦争に際して、交戦国が戦争法規を遵守することによって
重大な利益が危険となるような緊急事態があるときは、
戦争法規の拘束から解放され、
そのような場合の違法行為は違法性を阻却されるという理論。・・・(後略)
http://bit.ly/1Kc8SpC
▼『デジタル大辞泉』 「阻却(そ‐きゃく)」
しりぞけること。さまたげること。
http://bit.ly/1VVexae
▼『デジタル大辞泉』 『違法性阻却(いほうせい‐そきゃく)』
違法と推定される行為について、
特別の事情があるために違法性がないとすること。
http://bit.ly/1RdFMeP

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『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)

戦数の理論はドイツに端を発し、
これを始めて体系化して説いたのは十九世紀後半の
ドイツの戦争法の泰斗リューダー(Lueder)であり、
その後多くのドイツ学者によって祖述せられて
第一大戦以前のドイツ国際法学の通説となったリューダーの説に従えば、
「個人の場合にさえ、緊急状態は、彼のなす重大な侵害行為を
罰せられないものとする。そうとすれば、より重大な国家的利益が
賭けられている戦争においてはなおさらそうではなくてはならぬ。
もし戦争の目的の達成、および重大な危険からの回避が、
戦争法の障壁によって妨げられ、その障壁を破ることによってのみ
戦争目的は達せられ、また重大な危険は避けられるような
事情が生じた場合には、戦争法の障壁を破ることは許される。・・・」

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『国際法辞典 国際法学会編』 竹本正幸著(国際法学者)
戦数: [独] Kriegsrason、[英] necessity of war, military necessity
ドイツ語のクリーグスレゾンの訳語で、
戦時非常事由または交戦条理ともいわれ、
戦争中に交戦国が戦争法規を遵守すべき義務から
解放される事由の一として主張されてきたものである。
個人の場合に緊急状態の違法行為がその違法性を阻却されるのと同様に、
戦争の場合に交戦国が戦争法規を守ることによって
自国の重大利益が危険にさらされるような例外的な場合には、
戦争法の拘束から解放される、
すなわち、戦争の必要が戦争法に優先する、と主張される。

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『国際人道法 再増補』 藤田久一著(国際法学者)
戦数ないし戦時非常事由の理論は一九世紀後半ドイツの学者により唱えられ、
第一次世界大戦までドイツでは通説とされていたもので、
その意味するところは、国家の緊急事態、
すなわち、戦争の目的達成や重大な危険からの回避という事態において、
戦数が戦争法に優先する、ということである。

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個人に緊急状態が発生した時は、
法を順守しなくていい場合はあるのだが、
だからといって刑法は必要なのだから、
軍隊の緊急状態を認めた戦数が存在しても
戦争法自体が不要になるわけではない。
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『刑法第37条(緊急避難)』
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、
やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を
超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、
情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
↓↓↓
『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)
・・・もし戦数の認められることを理由として
『戦争法は結局拘束力のないものである。なんとなれば戦争法は、
戦略的必要との衝突という正に重要な場面において
遵守されなくてもよいものだからである』
と称する人があるならば、
それは全ての法的制度および全ての法規に内在する局限性を
知らないものである。
戦数の戦争法に対する関係は、緊急状態が刑法に対して持つ関係に等しい。
人は右のような説と同程度の正しさをもって
『結局拘束力ある刑法なるものはない。なんとならば、刑法の規定は
緊急状態の場合に遵守されることを要しないものだからである』
と言いうるであろう。
この説が誤りならば、前の説もまた誤りなることは明白である。

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ところが↓↓↓
★イギリスの国際法学者ウェストレークによる戦数否定論。
条項のなかに戦数を認める言葉が含まれていれば戦数は認められるが、
戦数を認める言葉が条項に含まれていなければ戦数は認められない。
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『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)
リューダーの説に対する反対説を詳細に説いた嚆矢は
英国のウェストレークであり、
それ以来戦数否定論は英国の通説となっている。
第一世界大戦以降にはドイツ、オーストリアの学者のなかにも
否定論に賛成するものがある。これらの否定論者の説に従えば、
「全ての戦争法規は、軍事的必要と人道的原則(または第三国の利益)
との妥協として成立したものであり、
従って戦争法規が作られるに当って軍事的必要はすでに考慮されている。
この法規をさらに軍事的必要によって破るのを許すことは、
戦争法規制定の意義を没却するものである。
故に戦数が戦争法に優先するという説は賛成できない。
ただし、戦争法に関する条約・法規のなかには
『軍事的必要なき限り』または『軍事的状況の許す限り』
交戦国はかくかくの措置をとらねばならぬ、
という言葉によって、その効力を制限するものがある。
こういう条項(軍事的必要条項)を含む法規が
軍事的必要によって破られるのは当然である。
しかし戦数肯定論者は、こういう条項のない法規についても
なお軍事的必要に藉口する侵犯を是認しようとするものである。
この説は、結局全ての戦争法規に軍事的必要条項が
暗黙に含まれていることを擬制することになり、
条約制定者が、ある法規には軍事的必要条項を付け、
他の法規にはこれを付けないという区別を設けたことを、
無意味ならしめるものである。
故に軍事的必要条項が明示的に付けられた法規を除き、
全ての戦争法規は絶対的効力を持つものと見なさねばならぬ。」

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しかしウェストレークは自著内で、勝利の達成、緊急の危険回避のために
戦争法に優先する事態を容認する見解を述べており、
結局は戦数を認めていると受け取られても仕方がないのではないのか?
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『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)
・・・例えばハーグ陸戦条規第二三条(ニ)号「no quarter」を
宣言することの禁止(投降者不助命を宣言することの禁止)は、
何人も知るように「軍事的必要条項」を含んでいない。
しかるにウェストレークの戦時国際法によれば、
「この規定が実行不能な場合として一般に承認されているのは、
戦闘の継続中に起こる場合である。
このとき投降者を収容するために軍を停め、
敵軍を切断し突撃することを中止すれば、
勝利の達成は妨害せられ、時として危くされるであろう。
のみならず戦闘の継続中には、捕虜をして再び敵軍に復帰せしめないように
拘束することが実行不可能な場合が多い」
この言葉は、戦争法に遵って行動しては勝利の獲得が困難な場合には、
法を離れて行動することを許すものではあるまいか。
戦争法が戦術的または戦略的目的の達成を妨げる障壁をなす場合には、
法の障壁を乗り越えることを許すものではあるまいか。

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国際法学者オッペンハイム(ドイツ生まれ、1895年に渡英)
も同様の見解を自著のなかで述べている。
↓↓↓
『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)
またオッペンハイム国際法の戦時の部にも
「投降者の助命は、次の場合に拒否しても差支えない、
第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
第二は、敵の戦争法違反に対する報復として、
第三は、緊急必要の場合においてすなわち捕虜を収容すれば、
彼らのために軍の行動の自由が害せられて、
軍自身の安全が危くされる場合においてである」という一句がある。

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結局、戦数否定論も
「勝利の達成、緊急の危険回避のために戦争法に優先する事態を容認」
する見解となっている。
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『国際法辞典 国際法学会編』 竹本正幸著(国際法学者)
・・・戦数を肯定する学者も、
一般には戦争法が尊守しうるものとして作られていることを認めている。
ただ、きわめて例外的な場合にのみ戦数を主張しているにすぎない。
他方、否定的立場をとる学者は、
軍事的必要条項を含んでいない法規について、解釈上例外を認めている。
すなわち、肯定説は、戦数を一般的理論として述べるのに対して、
否定説は、個々の法規の解釈の中に例外を認めようとするのであって、
その表面的対立にもかかわらず
両説は実質的にはそれほど大きな差はないと思われる。

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『戦争法の基本問題』 田岡良一著(国際法学者)
・・・要するに、戦数を論ずるに当つて之を否定する諭者も、
個々の戦争法規を解説するに当つては、軍事的必要によって
法規の拘束が解かれる場合の在ることは認めざるを得ないのであり、
彼等の唱へる「軍事的必要によつて法規から離れることが許されるのは、
法規が明示的に之を許す条款を含む場含に限られる」
と言ふ断定を、自ら打破って居るのである。
かゝる矛盾の生じた理由を我々は反省して見なければならない。

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『国際法提要』 遠藤源六著(国際法学者)
戦数説
ここに一言附加すべきものは独逸学者の戦数説なり
戦数(Kriegsraeson)とは戦規即ち普通の戦争法規に対する語にして
戦数説の要旨は戦争法規に拘泥するときは
戦争の目的を達すること能はざるか
又は緊急の危険を免るること能はざる場合には戦争法規に拠らず
掠奪焼燬一般的破壊等の如き
最も野蛮的なる行動をも爲すことを得と云ふに在り
是れ目的は手段を正当にすと云ふ俚諺の極端なる適用なり
世界戦争に於て独逸が縷〃戦争法規違反の行動を爲せるは
戦数の観念に基くものにして偶然に非ずと云ふ者あり
或は然らん此の線数説の当否に付ては異論あり
而して独逸学者を除きては前示の如き広汎なる意義の線数説は
殆と一切の違反行為を許容せんとするものにした不当なりと非難する者多し
我輩は戦争法規は一般的に又は多数国間に於て
之を遵守するも戦争の目的を達するに支障なきものと認めて
制定せられたる規則なるが故に之を関係国中の一国が
自己任意の判断に基き遵守せざることを許さるべきものに非ずと信ず
何となれば若し之を許すに於ては該規則は最早強制的性質を失ひ
法規と云ふことを得ざるに至るべければなり
故に戦数説は採用することを得ざるものとす
但し報仇及自衛権の発動と認むべき場合は
事実戦争法規違反の行動を為すも敢て非難すべきものに非ざること勿論なり

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『戦時国際法講義』 高橋作衛、遠藤源六著(国際法学者)
・・・然れども戦争の勝敗は機微の間に在り各軍は其安全を犠牲としても
尚敵を殺戮すること能はずと云ふは実際に於て適用し難き議論なり
尤も投降したる者は反撃又は其の他不穏の行動を為し
勝者を死地に陥るる如き不信義なかるべきも
是れ絶対的に保証せらるべきものに非ず
故に自衛の為め必要なる場合に於ては投降を容れず
之を殺戮することを得べきものと云はざるを得ず
唯感情の結果殺戮するを不当とするのみ

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『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)
・・・陸戦条規第二十三条(ニ)号の解釈としては、
右のオッペンハイムおよびウェストレークの見解が
正しいことは疑いを容れない。
この見解は多数の戦争法研究者によって支持されるところであり、
戦数を肯定する嫌いのあるドイツ学者の説の引用を避けて、
ただイギリスの学者の説のみをたずねても、戦争法の権威スぺートは
その陸戦法に関する名著「陸上における交戦権」のなかに、
投降者の助命が戦時の実際において行われ難く、
かつその止むを得ない場合があることを論じ、
また投降を許して収容した捕虜さえも、
軍の行動の必要によって皆殺するの止むをえぬ場合があることは、
ローレンスが、一七九九年ナポレオン軍による
トルコ・ジャッファ守備隊四千人の皆殺の例を引いて説くところである。

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『戦争法の基本問題』 田岡良一著(国際法学者)
・・・法規制定者は、通常発生する事態を念頭に置いて、
此の事態の下に於ける軍事的必要の性質及び程度を考慮し、
之と人道的要求との調和を計るのである。
其の結果として表面上或る法規の妥当すべきが如く見える場含であつて、
而も此の法規の制定者が予見した
軍事的必要と人道的要求との均衡は保たれ得ず、
より強い軍事的必要が支配すると言ふ特別の場含は生ぜざるを得ない。
例へば武器を捨てて降を乞ふ者を攻撃せず自軍に収容して保護することは、
通常の場含には軍の安全及び軍事行動の成功を害する虞はないであらう。
しかし我が軍の迅速な移動作戦が必要な場含、
又は我が軍の食糧が欠乏して居る場合に、投降者を収容することは、
軍事行動の成功を害し、又は軍の安全を害する場合があるであらう。
睦戦條規第二十三條(ニ)號「助命せざるの宣言の禁止」は
通常の事態を念頭に置いて作られた規定である。
文言の表面上、此の規定は総ての場合に於ける
投降者に適用せらるべきものの如く見えるが、
此の法規の根抵に横はる人道的要求と軍事的必要との均衡に鑑みる時、
此の法規の妥当しない例外の場含は生ぜざるを得ないのである。

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『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)
・・・戦争法規は軍事的必要と人道的要求との
一定の釣合の上に成立するものであるから、戦争法規について、
法規存在の理由に鑑みて法規が妥当しない場合というのは、
つまりこの均衡が破られ、軍事的必要が他の要素に優越する場合である。
戦数肯定論者が「戦争法規は通常の場合には遵奉せられ得、
またされなければならないものであるけれども、
とくに強い軍事的必要が生じた場合には、この軍事的必要は法規に優先する」
と言うのが、この事理を表現しようとするものであるならば、
彼らの考えは根底において誤っていない。

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『国際法辞典 国際法学会編』 竹本正幸著(国際法学者)
・・・戦争法は、過去における経験から
通常発生すると思われる事態を考慮し、
その場合における人道的要請と軍事的必要の均衡の上に作られている。
予測されなかったような重大な必要が生じ、
戦争法規の尊守を不可能ならしめる場合もありうるのである。

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『南京事件と戦時国際法』 佐藤和男教授(国際法学者)
・・・一般に国際武力衝突の場合に、
予想もされなかった重大な軍事的必要が生起して
交戦法規の遵守を不可能とする可能性は皆無とはいえず、
きわめて例外的な状況において誠実にかつ慎重に援用される軍事的必要は、
容認されてしかるべきであるという見解は、今日でも存在しているのである。

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法規が交戦国を拘束する力を失う場合に該当しているかは
個々の法規の解釈の問題
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『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)
・・・「戦争法規は戦時に通常発生する事態における
軍事的必要のみを考慮して、その基礎の上にうち建てられたものであるから、
より大きい軍事的必要の発生が法規の遵守を
不可能ならしめることは実際に必ず生ずる。
この場合に法規は交戦国を拘束する力を失う。
具体的にどういう場合がこれに当たるかは、
個々の法規の解釈の問題として決定されねばならぬ」
という言葉によって表現せられたならば、
この説には、戦数論を否定した学者といえども賛成せざるを得ないと思う。
この意味において戦数は肯定さるべきものと思う。

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『戦争法の基本問題』 田岡良一著(国際法学者)
・・・肯定論者は、一般に戦争法規は軍事的必要によつて破られる、と唱え、
否定論者は、一般に戦争法規は、軍事的必要約款あるものを除き、
軍事的必要によつて破るを許さず、と唱えるのを常とした。
併し私の信ずる所によれば、軍事的必要と戦争法の効力の関係に就いて、
斯かる概括的一般的な立言をなすことは危険であつて、
問題は個々の戦争法規の解釈に移されねばならぬ。

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『戦争法の基本問題』 田岡良一著(国際法学者)
・・・軍事的必要によつて戦争法が妥当しない場合は、
一つ一つの法規に就いて、法規解釈の問題として研究せられ、
確定せられねばならぬ事柄に属するのである。

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絶対必要か否かは事毎に周囲の事情により判断し
軽々しくその当否を断すべきではない。
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『戦時国際法講義(二)』 信夫淳平博士(国際法学者)
更に俘虜の人道的取扱も、捕獲軍の作戦上の絶対必要の前には
之を犠牲にするの己むを得ざる場合あることも肯定すべきである。
之を適切に説明したものはハレックの左の一節であろう。日く、
『・・・俘虜を殺害することの風習は今日文明国聞に廃たるるに至ったが、
権利そのものは依然として捕獲者の手に存し、絶対の必要ある場合には
今日でも之を行ひ得ぬではない。
・・・自己安全は勝者の第一の法則で、この目的のために必要の手段を
執ることは交戦法則の認むる所である。ただ必要の度を超えては、
何等苛酷の措置は許されない。随って軍の執れる手段が果して
絶対必要に出でしや否やは、事毎に周囲の事情を按じて之を判定すベく、
軽々しくその当否を断ずべきではない。』

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いかなる場合に法規が妥当性を失うかの限界を定めるのは国際法学者の任務。
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『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)
・・・何人も知るように、凡そ法規は、
その文言の通常の意義が及ぶ範囲に完全に妥当するものではなく、
妥当の範囲はその法規の存在理由に照らして、一定の限界を持つ。
戦争法規もまたその存在理由に照らして
一定の限界があることは言うまでもなく、
如何なる場合に法規が妥当性を失うかは、
各個の戦争法規の解釈の問題として考えて見ねばならぬ事柄である。
この研究は畢竟平時法と戦争法とを通じて
国際法学者の任務であるところの、法規の存在理由を究め、
これに基いて法規の拡充の限界を定めることに他ならない。

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軍事史研究家の原氏は、国際法学者の立作太郎博士の見解を引用しながら
戦数(Kriegsrason)を否定する自己解釈を述べている。
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『「いわゆる南京事件の不法殺害」日中戦争再論』原剛著(軍事史研究家)
・・・また、第一次世界大戦前後にドイツで唱えられた、
軍事的必要 (危機) の場合、国際法規慣例の遵守よりも
軍事上の必要性が優先するという「戦数論(Kriegsrason)」を援用して、
大量の捕虜・便衣兵の殺害は危機回避のため正当であると
主張する論もあるが、多くの国際法学者はこの「戦数論」に反対している。
立作太郎もこれを認めることは、「戦時法規の自殺に外ならぬ」と言い、
さらにこの論は「交戦法規全般の拘束力を微弱ならしむるものである。
此説はドイツの一部の学者の唱道する所に止まり、国際慣習法上に於て
認められたる所ではないのである」と論じている。

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しかし国際法学者の竹本正幸教授は、
戦数も戦数否定論も実質的な面では差が無いという見解を示している。
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『国際法辞典 国際法学会編』竹本正幸著(国際法学者)
・・・戦数を肯定する学者も、一般には戦争法が尊守しうるものとして
作られていることを認めている。ただ、きわめて例外的な場合にのみ
戦数を主張しているにすぎない。他方、否定的立場をとる学者は、
軍事的必要条項を含んでいない法規について、解釈上例外を認めている。
すなわち、肯定説は、戦数を一般的理論として述べるのに対して、
否定説は、個々の法規の解釈の中に例外を認めようとすのであって、
その表面的対立にもかかわらず
両説は実質的にはそれほど大きな差はないと思われる。

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国際法学者の立作太郎博士は戦数を否定しつつ、
実質的には緊急権による免責を認める見解となっている。
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『戦時国際公法』立作太郎博士(国際法学者)1912年
「第四節 戦数」
此の如き戦時法の約束力に封する範囲の明確ならさる例外を
認むるは戦時法の拘束力を弱むるものにして、
此の如き説は之を否認せさるべからず。
但し緊急の危険を免るる道なき場合には、
緊急状態が存在するものにして、
戦時法を守らざるも其の行為は免責行為と為るべきものとす。
然れども是れ戦数なる特別の法理を認めて後ち然る所以のものにあらず。
↓↓↓現代語訳↓↓↓
この様な戦時法が保証しているものを封じてしまう明確とは言えない例外を
認める事は戦時法の拘束力を弱めてしまうものであり、
この様な説は(これは)否認せざるを得ない。
★但し、緊急の危険を免れる方法が無い場合には、
緊急状態が存在するのであるから、
戦時法を守らなくても、その行為は免責行為となるべきものである。
しかしながら、これは戦数という特別の法理を認めた上でという事ではない。
―――――
『デジタル大辞泉』
■緊急状態 http://bit.ly/1LHzsLy
法律で、緊急避難または正当防衛を成立させる理由となる状態。
■緊急避難 http://bit.ly/1jY6nlY
⇒緊急権
『大辞林 第三版』
■緊急避難
http://bit.ly/1Wp42ME
国際法上,自国の国際法上の権利・利益に対する急迫の危難を避けるために、
他に方法がなくやむをえず他国の権利・利益を侵害すること。
守られる自国の利益と侵害される他国の利益の均衡などを条件に、
違法性が阻却される。緊急権。

―――――――――――――――――

『戦争と国際法』立作太郎博士(国際法学者)1916年
戦数
・・・一方に於て普通の交戦法規を以て交戦国の間に拘束力を存すべき
一種の法規として認めながら、他方に於て戦数といふ如き交戦法規の
拘束力を根底より崩れしむるの法理を認むるが如きは、大矛盾であって、
戦時国際法として戦数を認めたとせば、是れ即ち戦時国際法の自殺である。
★併しながら吾輩は決して国際法上に於て自衛権又は緊急状態行為といふ
如きものを否認するものではなく、其の戦時国際法上に於ても
軍隊に属する者の切迫せる生存上の危険を存する等の希に起こるべき場合には
活動することあるべきを認むるのであるが、是れ戦数なる特別の法理を
認めて始て然るのではなく、又戦数の説の如く、
交戦の殆ど総ての場合に於て主張を為し得べきものではないのである。
★吾輩は戦数の法理は、之を認めぬのであるが、
国家又は其の軍隊が国際法を超越せる行動を為すの
必要に迫らるることあるべきを認めざるを得ない。
特に海牙(※ハーグ)の諸条約中にしばしば見る所の、
戦争の実際に適せざるの規定の如きは、
之を遵守するを得ざる場合がしばしば起こるべきを認めざるを得ない。
然しながら、其の普通の自衛権又は緊急状態行為の観念を以て
説明し得ざる場合は、国際法上に於ては、
率直に違反行為を以て目しなければならぬものである。
★此に注意すべきは、海牙(※ハーグ)条約の規定の解釈に就て、
其の特に戦争の必要に依る例外を認むることを明言せざる場合に於ても、
其の規定が従来の慣習法を採録するに過ぎずして、
該慣習法に於て戦争の必要に依る例外を認めて居ったときは、
海牙(※ハーグ)条約の規定の解釈としても、矢張り暗黙に
戦争の必要に依る例外が認められてるものと解釈すべきことである。

―――――――――――――――――

軍事史研究家原氏が引用した立作太郎博士の著書
『戦時国際法論』 立作太郎博士(国際法学者)1931年
第一章 戦争及戦時法規に関する概説
第七節 「クリーグスレゾン」(戦数)即ち戦争上の緊急必要
ドイツ学者中、所謂「クリーグスレゾン」(Kriegsraison)なるものを認め、
普通の交戦法規は、戦争上の緊急の必要を存する場合には、
所謂「クリーグスレゾン」の活動に依り、其拘束を失ひ、
之を度外視するを得るに至ると為す者がある。
「クリーグスレゾン」に関して、
戦数即ち戦争の必数又は交戦条理等の訳語がある。
普通の交戦法規の外に、別に戦争の必要に基く
「クリーグスレゾン」なる一種の法規が活動すると為し、
普通の交戦法規と所謂「クリーグスレゾン」とが
相合して交戦国間に有効なる戦時法規を為すとするのである。
所謂「クリーグスレゾン」なるものは、普通の交戦法規に拘泥するときは、
緊急の危険を免がるるの道なきか、
又は敵の抵抗力を挫くの戦争上の目的を達するに
道なき場合に於て活動すると為すのである。
或は「クリーグスレゾン」の名称を、上述の場合と、
戦時復仇の場合とを包括するものとして用ふるものがある
(例えばリューダー)。
蓋し「クリーグスレゾン」と言ふ如き、範囲の廣きに過ぎ且明確を欠ける
交戦法規拘束力の例外を認むることは、
交戦法規違反に口実を与ふることとなるに至り、
一般に交戦法規の拘束力を弱むるの結果を生ぜしむべきものにして、
之を是認するを得ない。
「クリーグスレゾン」の説の最も非難すべき点は、
戦争に於て敵の抵抗力を挫くの目的を達する為め、他に方法なきときは、
普通の交戦法規を度外視し得ると為す点に在るのである。
「クリーグスレゾン」の活動は、緊急の必要を以て条件とするも、
軍指揮官が認定を為すに当り、緊急の必要と普通の必要とを区別することは
実際上困難なるのみならず、時には単に交戦法規に遵依せざることが、
敵に勝つ為に便宜なるに過ぎざる際に於て、
「クリーグスレゾン」を援用して、
交戦法規の拘束を免れんとすることがあるべきである。
固より軍事上の必要を存する場合に於て、
交戦者は戦争の目的を確むるに必要なる手段を執るを得べきも、
交戦法規並に条約の規定を度外視するを得ざるべきである。
軍隊を組織する個人が切迫せる緊急の生存上の危険を免がるるの道なき
非常特別なる場合に於て、一種の緊急状態が存在し、国際法は此場合に於て
交戦法規を度外視するの行為を以て普通の違法行為と
同視すること無かるべきも
(平時国際法論第二編第五章第二節第五款緊急状態参照)、
是れ戦数なる特別の法理を認めて始めて然るのでは無い。
又所謂切迫せる緊急の生存上の危険とは、
降伏に依りて避くるを得べき危険を含まざるべきであって、
敵に勝つ為に必要なれば軍隊が交戦法規を度外視し得ると
為す如き戦数の説とは全く異なるのである。
若し「クリーグスレゾン」の説を認むるときは、如何なる交戦法規も、
交戦国の一方が戦争上の目的を達する為に之に遵依せざることを
必要と認むるときは、之が拘束を否認するを得ることとなるべきであって、
戦時法規中に於て「クリーグスレゾン」なるものを認むるは、
是れ戦時法規の自殺に外ならぬのである。
普通の交戦法規中の或る規定に於て、
戦争の必要上已むを得ざる場合若くは絶対的の軍事上の必要の場合等に於て、
例外を認むることあるも、
是れ「クリーグスレゾン」の説を認めたるものと云ふを得ない。
例へば陸戦条規第二十三条第一項(ト)号が、
戦争の必要上萬已むを得ざる場合を除くの外、
敵の財産を破壊し又は押収するを得ずと為し、
又同第五十四条が、占領地と中立地とを連絡する海底電線は、
絶対の必要ある場合に非ざれば、之を押収し又は破壊することを得ずと為し、
戦時海軍力を以てする砲撃に関する条約が、軍事上の工作物、陸海軍建設物、
兵器又は軍用材料の貯蔵所等にして、防守せられざる港又は都市中に
在るものは、相当期間を以て警告を与へて、
他方官憲が期間内に之を破壊するの措置を執らざりし場合に於て、
全く他に手段なきとき、始めて砲撃に依り破壊し得べきことを定めながら、
軍事の必要上即時の行動を要する為め期間を与ふることを
得ざる場合につき例外を認めたる如きは
(同上条約第二条第一項及第三項参照)、
皆交戦法規の或る特別の規定中に於て、
始めより特別なる戦争上又は軍事上の必要を存する場合に関する
例外が特に含まれたるものにして、「クリーグスレゾン」の説の如く、
如何なる交戦法規の規定も、戦争の目的を達するの緊急の必要あれば、
総て之を度外視し得ると為す如きものとは全く異なるのである。
「クリーグスレゾン」の説に依れば、如何なる交戦法規も、
之に遵依せざることが、交戦国の一方の戦争の目的上、
緊急の必要であると称すべきときは、
之に遵依せざるを得ると為すに至るものである。
是れ交戦法規全般の拘束力を微弱ならしむるものである。
此説はドイツの一部の学者の唱道するに所に止まり、
国際慣習法上に於て認められたる所ではないのである。
「クリーグスレゾン」の説と異なるも、
交戦法規に関する殆んど総ての条約上の規定は、
軍事上の必要の存する場合に於て之に拘束されざるの黙示的の条件を
含めるものと為すの説(ブリュッセルの会議に於てジヨミニーの説ける説)
も、其実際の結果に於て「クリーグスレゾン」の説と
相類するに至ることを認めざるを得ない。
★実際に於て已存の条約中の或る規定は、
軍事上の必要に関する条件を黙示的に含むと解せざるを得ざることがある
(例えば陸戦条規第四十六条第一項参照)。
然れども将来に於て、此の如き条件を含む規定につきては、
条件を明示すること、例へば上掲の陸戦条規第二十三条(ト)号、
同条規第五十四条、戦時海軍力を以てする砲撃に関する
条約第二条の如くすべきである。
交戦法規に関する条約の一切の規定又は殆ど総ての規定が、
上述の如き黙示的条件を含むと解するときは、
条約の拘束力を危うくせらるる結果を生ずること、
ドイツ学者の「クリーグスレゾン」の説と大差無かるべきである。

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『平時国際法論』 立作太郎博士(国際法学者)1930年
第二編 国際法上の主体 第五章 国家の能力及其基本的権利並国家の責任
第二節 国家の基本的権利義務 第五款 自衛権及緊急状態
範囲の廣汎に亘る自己保全権なる基本権を認めざるべきものとするも
(前款参照)、危害が急迫なる緊急の場合に於て、
危害を去るに必要なる行為を行ひ、危害に関して責任ある者に対して
自衛上必要なる処置を行ふは、権利行為として之を認めねばならぬ。
是れ狭義の自衛権又は正当防衛権(right of legitimate defence)
であって、此権利無しと仮定すれば、他国家の権利を侵すの不法行為と
なるべき行為を、特に権利行為として行ひ得せしむに至るものである。
此の如き非常的なる権利は、国家自身、其機関
又は其臣民の危害が切迫せる緊急の場合に於て、
始めて発動を認むべきものである。
狭義の自衛権の発動には、次の条件を要するのである。
【1】国家自身、其機関又は其臣民の危害が急迫なる事。
【2】已むを得ざるに出でたる事。
而ち他の手段を以てしては到底危害を去るの目的を達する能はずして、
且つ危害を去る為めに常該手段を執るの緊急の必要ある事。
【3】危害を去る為に行ふ行為は、危害を去るに必要なる程度を超えざる事。
【4】危害が自衛を行ふ国家又は機関の不法行為に基きたるものに非ざる事。
【5】危害が自衛行為の加へらるべき国家
又は機関の不法行為に因りて起りたるか、又は少なくとも該国家
又は其機関が危害の生ずるを防ぐの責任を全うせざる事。・・・

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1944年の『戦時国際法論』では戦数否定論が削除されている。
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『戦時国際法論』 立作太郎博士(国際法学者)1944年
(国際法学者:立作太郎博士のお弟子さんたちが編集した本)

・・・しかるに晩年、各方面の要望に応ぜられて、
「戦時国際法論」の徹底的なる改訂増補を企てられ、
ほぼ完了も間近なる時、不幸にして不帰の客となられたのである。
最後まで原稿の完成に努力せられたる博士としては
遺憾に堪へられざるべきは勿論、博士の企画を知って一日も完成の
速かならんことを要望していた吾等としても
学界のため惜みても尚余りあることと痛感したのである。
ここに於て、博士の意志を継ぎて本著を公刊せしむるは、
特に戦時下国家の要望に応ずることともなり、
まさに同学後進の義務と思考し、神川彦松、横田喜三郎、安井郁、
一又正雄の諸氏相謀りて、遺稿出版委員会を組織し、
鋭意遺稿の整理に当りたる結果、
ここに本著の上梓を見るに至った次第である。
博士としては未完成のものとして満足はせられぬであらうが、
吾等は奮著の跡方もなきまでに改訂増補されたる本著が、
我が学界を裨益するところ頗る多大なるものあるを信じて
疑はざるものである。ここに本著の刊行に当り一言蕪辞を述べて
序文に代へると共に、再び博士の温容を偲び、
博士の偉業を讃ふる次第である。
昭和十九年二月立博士遺稿出版委員長 山田三良

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「軍事的必要」が他要素を優越し、
法規の拘束が解かれる場合があることは認めざるを得ない。
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『国際法Ⅲ』 田岡良一著(国際法学者)
・・・戦争法規は軍事的必要と人道的要求との
一定の釣合の上に成立するものであるから、
戦争法規について、法規存在の理由に鑑みて
法規が妥当しない場合というのは、
つまりこの均衡が破られ、軍事的必要が他の要素に優越する場合である。
戦数肯定論者が「戦争法規は通常の場合には遵奉せられ得、
またされなければならないものであるけれども、
とくに強い軍事的必要が生じた場合には、この軍事的必要は法規に優先する」
と言うのが、この事理を表現しようとするものであるならば、
彼らの考えは根底において誤っていない。

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『戦争法の基本問題』 田岡良一著(国際法学者)
要するに、戦数を論ずるに当つて之を否定する諭者も、
個々の戦争法規を解説するに当つては、
軍事的必要によつて法規の拘束が解かれる場合の在ることは
認めざるを得ないのであり、彼等の唱へる
「軍事的必要によつて法規から離れることが許されるのは、
法規が明示的に之を許す條款を含む場含に限られる」と言ふ断定を、
自ら打破って居るのである。かゝる矛盾の生じた理由を
我々は反省して見なければならない。

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いわゆる「南京大虐殺」で「あった派」が
藤田久一教授(国際法学者)の下記著書の見解を引用して
「軍事的必要」を否定する国際法解釈を述べていることがあります。
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『新版国際人道法』 藤田久一著(国際法学者)
・・・たしかに、一般的にいえば、人道法の実効性は多分野にわたる
国際法規則のなかでも最も不安定で疑わしい分野に入ると考えられてきた。
武力紛争中に適用されねばならない人道法には
その法遵守を効果的に強制する手段もないこと、
また戦数によって緊急事態には法を破りうるという主張、
が右の疑問に拍車をかけてきたことは事実である。
しかし、かつてドイツの学者が主張した戦数が
人道法分野で認められるかどうかはきわめて疑問であり
むしろ否定的に解されねばならないと思われるが
そもそも戦数は、例外的な緊急事態にのみ認められる概念で
あるとすれば、人道法の実効性を一般的に否定するものではなく、
それを前提にさえしているといわねばならない。
戦数ないし戦時非常事由の理論は
一九世紀後半ドイツの学者により唱えられ、
第一次世界大戦までドイツでは通説とされていたもので、
その意味するところは、国家の緊急事態、
すなわち、戦争の目的達成や重大な危険からの回避という事態において、
戦数が戦争法に優先する、ということである。
一般に、すべての法制度にはそれに内在する局限性、
つまり緊急状態ないし必要状態がそれを破りうることを
含んでいるともいわれ、国家緊急権という言葉もある
(小林直樹『国家緊急権』学陽書房、一九七九年参照)。
国際法においても、重大な危険により脅かされる国家の本質的利益を守る
他の手段のないとき、国際義務に反する国家行為の違法性が
阻却される場合がありうるとも考えられる。
しかし、戦争法や人道法分野に
これを不用意に導人することはきわめて危険である。
戦争や武力紛争の状態は、そもそも国家の重大な利益や
その生存のかかった事態であるから、あらゆる戦争法、人道法の無視が、
戦数を理由に正当化されてしまうからである。
また、ドイツ流の戦数論を批判しつつ、
戦数とは別のより狭い特別の軍事必要概念を認め、
その場合にのみ戦争法侵犯を肯定する見解もある。
しかし、この軍事必要概念も戦数と実際上区別し難く、
結局戦数論と選ぶところがなくなってしまうと思われる。
そもそも、戦争法、人道法の諸規定は軍事必要により
多くの行動がすでに許容される武力紛争という緊急状態において
なお遵守が要請されるものであるから、
それらの規定は予め軍事必要を考慮に入れたうえ作成されている。
◆したがって、条約規定中、とくに、「緊急な軍事上の必要がある場合」とか
「軍事上の理由のため必要とされるとき」といった条項が挿人されている
場合を除き、戦数や軍事必要を理由にそれらを破ることは許されない。
このいわば戦数否定論は、

★ユス・コーゲンス的色彩の濃い人道法の性質に照らしても、
◆またジュネーブ条約の規定や
米英の軍事提要の動向
(■The Law of Land Warfare, FM27-10[1956] sec3.;
●The Law of War on land, The War Office [1958], sec.633)
からみても正当であるといえよう。

―――――引用おわり―――――――
↓↓↓

★『ユス・コーゲンス的色彩の濃い人道法』

「ユス・コーゲンス」とは、
国際法上その適用を排除することが許されないとした「強行法規」である。

「強行法規」の法的根拠は、
「条約法に関するウィーン条約(条約法条約)第53条」である。

―――――

『有斐閣法律用語辞典 内閣法制局法令用語研究会編』
「ユス・コーゲンス」
国際法上、国家間の合意により
その適用を排除することが許されない一般国際法規範。
国際法上の強行法規と呼ばれる。
「条約法に関するウィーン条約」53条は、
「締結の時に一般国際法の強行規範に抵触する条約は、無効である」
とし、国際法上、強行法規が存在することを認めた。
しかし、何がユス・コーゲンスであるかについては、特定していない。
ユス・コーゲンスの認定について争いが生じたときは、
最終的には、国際司法裁判所に付託することとされている。
具体的な例としては定説はないが、
侵略行為、集団殺害犯罪などが掲げられることが多い。

―――――

「条約法に関するウィーン条約(条約法条約)第53条」
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/mt/19690523.T1J.html
締結の時に一般国際法の強行規範に抵触する条約は、無効である。
この条約の適用上、一般国際法の強行規範とは、
いかなる逸脱も許されない規範として、
また、後に成立する同一の性質を有する一般国際法の規範によつてのみ
変更することのできる規範として、
国により構成されている国際社会全体が受け入れ、かつ、認める規範をいう。

―――――

外務省 条約法に関するウィーン条約 (略称)条約法条約
http://www3.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdf/B-S56-0581_1.pdf
1969年5月23日 ウィーンで作成
1980年1月27日 効力発生
1980年5月29日 国会承認
1980年6月26日 加入についての閣議決定
1980年7月2日 公布及び告示(条約第16号及び外務省告示第282号)
1980年8月1日 我が国で効力発生

↓↓↓

1937年の日本軍による南京攻略戦に対して
ユス・コーゲンスの概念は適用できません。

―――――――――――――――――

◆『ジュネーブ条約の規定』

藤田久一教授が『新版国際人道法』のなかで引用しておられる下記

「緊急な軍事上の必要がある場合」とか
「軍事上の理由のため必要とされるとき」

は、『1929年ジュネーブ条約』ではなく
『1949年ジュネーブ条約』のほうです。
↓↓↓
―――――――――――――――――
戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する
1949年8月12日のジュネーヴ条約(第1条約)
第33条〔衛生機関の建物及び材料〕
②軍隊の固定衛生施設の建物、材料及び貯蔵品は、
引き続き戦争法規の適用を受けるものとする。
但し、それらの建物、材料及び貯蔵品は、
傷者及び病者の看護のために必要とされる限り、
その使用目的を変更してはならない。
もっとも、戦地にある軍隊の指揮官は、
◆緊急な軍事上の必要がある場合には、前記の施設内で看護される傷者
及び病者の福祉のためにあらかじめ措置を執ることを条件として、
それらの建物、材料及び貯蔵品を使用することができる。
―――――――
戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する
1949年8月12日のジュネーヴ条約(第2条約)
第28条〔病室の保護〕
軍艦内で戦闘が行われる場合には、できる限り病室を尊重し、
且つ、これに対する攻撃を差し控えなければならない。それらの病室
及びその設備は、引き続き戦争法規の適用を受けるものとする。
但し、傷者及び病者のため必要とされる限り、
その使用目的を変更してはならない。
もっとも、それらの病室及び設備をその権力内に有するに至った指揮官は、
◆緊急な軍事上の必要がある場合には、それらの病室の中に収容されている
傷者及び病者に対する適当な看護を確保した後、
それらの病室及び設備を他の目的に使用することができる。
―――――――
戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する
1949年8月12日のジュネーヴ条約(第4条約)第49条〔追放〕
②もっとも、占領国は、住民の安全又は
◆軍事上の理由のため必要とされるときは、
一定の区域の全部又は一部の立ちのきを実施することができる。
この立ちのきは、物的理由のためやむを得ない場合を除く外、
被保護者を占領地城の境界外に移送するものであってはならない。
こうして立ちのかされた者は、当該地区における敵対行為が終了した後
すみやかに、各自の家庭に送還されるものとする。
―――――――――――――――――
―――――――――――――――――
↓↓↓
よって、いわゆる「南京大虐殺」には適用できません。
そもそも当時、日本は『1929年ジュネーブ条約』に加入していませんでした。
日本は大東亜戦争後の1953年4月21日に閣議決定、10月21日に公布です。
―――――――――――――――――
―――――――――――――――――

■『米軍事提要の動向 The Law of Land Warfare, FM27-10[1956] sec3.』

→ 1956年 → 1937年の、いわゆる「南京大虐殺」には適用できません。

●『英軍事提要の動向
The Law of War on land, The War Office [1958], sec.633』

→ 1958年 → 1937年の、いわゆる「南京大虐殺」には適用できません。

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藤田久一教授(国際法学者)は自著『新版国際人道法』のなかで、
現代の観点から見解を述べたと思われますが、
現在においても「軍事的必要を容認」する見解はあります。
↓↓↓
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『国際法辞典 国際法学会編』 竹本正幸著(国際法学者)
・・・戦争法は、過去における経験から
通常発生すると思われる事態を考慮し、
その場合における人道的要請と軍事的必要の均衡の上に作られている。
予測されなかったような重大な必要が生じ、
戦争法規の尊守を不可能ならしめる場合もありうるのである。

―――――――――――――――――

『南京事件と戦時国際法』 佐藤和男教授(国際法学者)
・・・一般に国際武力衝突の場合に、
予想もされなかった重大な軍事的必要が生起して
交戦法規の遵守を不可能とする可能性は皆無とはいえず、
きわめて例外的な状況において誠実にかつ慎重に援用される軍事的必要は、
容認されてしかるべきであるという見解は、
今日でも存在しているのである。

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―――――――――――――――――
国際法学者の竹本教授は、
我が国の戦時国際法の権威と位置付けられている方です。
↓↓↓
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『南京事件と戦時国際法』 佐藤和男教授(国際法学者)
・・・わが国の戦時国際法の権威である竹本正幸教授も
「予測されなかった重大な必要が生じ、
戦争法規の遵守を不可能ならしめる場合もあり得る」と認めている。

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【まとめ】いわゆる「南京大虐殺」について
http://bit.ly/1PidJgM
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-504.html
いわゆる南京大虐殺URL図書室
http://bit.ly/1k6AVBY
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-518.html

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戦数(戦争の必数)
http://bit.ly/1P11qFK
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-697.html

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