正統史観年表

戦前の外国の行動は すべて自然な流れとして批判せず、日本国内にのみ すべての原因を求める自虐史観。「日本の対応に間違いがなければ すべて うまくいっていた」という妄想が自虐史観。どんなに誠意ある対応をしても相手が「ならず者国家」なら うまくいかない。完璧じゃなかった自虐エンドレスループ洗脳=東京裁判史観=戦勝国史観=植民地教育=戦う気力を抜く教育=団結させない個人主義の洗脳

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日独伊三国同盟の成立前からアメリカは対日経済制裁していた。

1937年10月5日、米国大統領「戦争伝染病を隔離せよ」と演説して日本を非難
1939年3月、蒋介石政権が軍用機や発動機を購入のために1500万ドルを借款
1939年7月、日米通商航海条約破棄を通告
1939年12月、モラル・エンバーゴ(道義的輸出禁止)として
航空機ガソリン製造設備、製造技術の関する権利の輸出を停止するよう通知。
1940年1月、米国が錫、屑鉄の対日輸出額を前年度の半分にすると通告
1940年1月、日米通商航海条約失効
1940年6月、特殊工作機械等の対日輸出の禁止
1940年7月、国防強化促進法成立(大統領の輸出品目選定権限)
1940年7月、航空機用ガソリンの東半球への輸出を禁止
1940年7月、鉄と日本鉄鋼輸出切削油輸出管理法成立
1940年8月、石油製品(主にオクタン価87以上の航空用燃料)、
航空ガソリン添加用四エチル鉛、鉄・屑鉄の輸出許可制
1940年8月、航空機用燃料の西半球以外への全面禁輸
1940年9月25日、蒋介石政権に2500万ドルの借款
1940年9月26日、屑鉄の輸出を全面禁止
★1940年9月27日、日独伊三国同盟成立
1940年11月、米大統領が蒋介石政権に更に5000万ドルの追加借款
1940年12月、米国が蒋介石政権に一億ドルの借款供与
1940年12月、英国が蒋介石政権に100万ポンドの借款供与
1940年12月、航空機潤滑油製造装置ほか15品目の輸出許可制
1941年6月、石油の輸出許可制
1941年7月、日本の在米資産凍結令
1941年8月、石油の対日全面禁輸
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1941年8月1日の対日石油禁輸後、11月26日のハル・ノート提示まで、
ずっとアメリカは日本を無視していた。
1941年
◆8月1日、米国が対日石油輸出を全面禁止
◆8月8日、日本側から日米首脳会談を提案したがアメリカは拒否
◆8月9日~14日、大西洋会談(大西洋宣言)
アメリカがイギリスに戦争協力を約束。
◆8月18日、豊田外相がグルー駐日米大使に首脳会談への協力を要請。
グルー大使は豊田の真率な態度に感動し、即刻コーデル・ハルに
「日本の提案は深い祈念を込めた検討なしに片付けるべきにあらず。
最高の政治的手腕を発揮しべき機会がここに提起せられあり。
これにより太平洋の平和にとりて一見乗り越え難き障害も
克服しうる公算あり」と言葉の限りを尽くして打電。
◆9月6日、近衛首相、グルー駐日大使を通じて、日米首脳会談の実現を
再度依頼したが、アメリカ政府は無視。
◆9月30日、豊田外相がクレーギー英駐日大使に日米首脳会談への協力を
要請し、クレーギー大使はイギリス本国政府に重大性を進言したが
英国政府は無視
◆11月21日、米国に三国同盟死文化申し入れ。
◆11月26日、ハル・ノート提示
3項:支那大陸や仏印からの即時、無条件完全撤退。

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日露戦争後の「アメリカの反日政策」と「日本の歩み」年表 http://bit.ly/1RyxCC5
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-510.html
日本軍の仏印進駐への批判に対して http://bit.ly/1JU6YeB
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-712.html

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日独伊三国同盟の成立前からアメリカは対日経済制裁していた。 http://bit.ly/1mSDGZ8
http://seitousikan.blog130.fc2.com/blog-entry-713.html

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2015/03/21 06:00|年表リンク用資料
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